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いわゆるファンタジーものの……(略)。
続きです。
唐突に、均衡は崩れた。
一頭の魔物が飛び込んできたのをゴウが切りかかる。そこに横手からも飛び掛られ、かろうじて避けはするが腕にいくつもの傷を負ってしまう。
「ゴウ!」
「兄貴、こいつら爪はたいしたこと――!?」
慌てて援護に回ったレツとリョウに挟まれ、相手の攻撃力を分析するような発言をしかけたゴウは、しかし、言葉の途中で呻き声を上げる。不穏を感じ取ったレツが張った障壁が、魔物の攻撃を防ぐ。
「ゴウ?どうした?」
「毒、持ってやがる」
「レツ、気を抜くな!」
ぐっと腕を押さえるようにして吐き出された言葉にレツが身体ごと振り向きかければ、リョウの鋭い叱咤が飛ぶ。はっと意識を目前に戻したとたん、襲いかかってきた鋭い爪に視界を覆われる。集中力の途切れが、障壁の強度を弱めたのだ。魔効果の消え去るときの軽い音に重なって、誰かの声が響き渡る。
負傷を覚悟して歯を食いしばったレツは、しかし、一向に襲ってこない衝撃に恐る恐る目を開ける。傷を負い、倒れていたのは襲ってきたはずの魔物。それを組み伏せているのは、漆黒の翼を持つ、巨大な獣。
「大丈夫?」
横合いから降ってきたのは、柔らかな声。目を上げた先にいたのは、夕方別れたばかりの少年だった。
ちらりと目線を流し、レツに怪我がないのを見てとると、Jは正面に向き直り、一歩足を前に踏み出す。
「誇り高き森の賢者たち、頂に君臨する勇の獣よ。憎しみのあまり魔物にまで身をやつし、なにを思い人里を襲う?」
凛とした声で視線をまっすぐ正面に据え、Jは唐突に問いかけた。相手はどうやら、広場の中央にいるひときわ大きな魔物らしかった。他の魔物もみな沈黙を守り、Jの言葉をおとなしく聞いている。
「言葉すら失ったか、森の主よ。なぜそうも憎しみに身を焦がす?」
『異端の子、我らが同胞。我らは子らの魂を取り戻しに来た。邪魔立ては許さない』
「どういうことだ?」
「Jくん、君は何か知ってるの?」
リョウの問いかけに、今ならば大丈夫だろうとゴウの治療をしていたレツも同調する。言葉を返してきたのはおそらく、中央の魔物だろう。対するJは、思案する風情で視線を落としている。
「ていうか、異端の子とか同胞って、どういうことだ?」
治療のおかげで元気を取り戻したゴウが腰を上げながら問いを重ねれば、それまで無表情に近かったJの口元が皮肉な表情へと歪む。ただ、答えは得られなかった。口を開くより早く、Jの右脇へと戻ったイーファが牙を剥き、ゴウへと襲い掛かろうとしたのだ。
「イーファ、かまわない。彼らは何も知らないし、ボクはすべてを誇りに思っている」
そっと首筋を撫でさするようにして獣を宥め、Jは視線を戻した。
『邪魔立てをするか、お前も所詮は人に与するものか』
「この街の功罪は、ボクの知ったことではない」
声高に告げられた言葉に魔物たちは色めき立ち、幾重もの音なき思いがぶつかってくる。だが、それに答えたのは、冷ややかさすら感じられる落ち着き払った声だった。
「ボクは、人の功罪よりはあなた方の心の動きの方が理解できる。今宵も、人の肩を持つために出向いてきたわけではない」
人の町の存亡も、そこに暮らす命の行方も。そんなものはどうでもいいのだと、Jは残酷に宣言する。
「森の主たる誇り高き獣よ、あるべき場所に戻れ。あなた方の無念はしかと聞いた。子らの魂は、責をもってボクが送るから」
『これ以上、魂の穢れを重ねても仕方なかろう』
同調したイーファに、集う魔物たちが咆哮をあげる。
穢れているのは自分たちではない。人が、人に与するお前たちこそが穢れているのだ。その穢れを削いでやろう。自分たちの牙でもって、償わせてやろう。
『邪魔立ては許さない。道を開けないなら、お前も我らの敵だ』
言うが早いか、魔物たちが一斉に飛び掛ってくる。地を蹴ってそれらをかわしながら、Jは声を振り絞った。
「何故わかろうとしない?無闇に血を啜ったところで、失われた魂は浮かばれない。何もかもが悪い方へと向かうだけなのに!」
『お前に何がわかる、異端の子。人に非ず、妖魔に非ず、精霊に非ず。まして魔物にすらなれない。何をも持ちえぬお前に、いったい何がわかる!?』
『愚弄するか、堕ちた獣が!』
嘲笑を潜ませた言葉に、Jの表情は曇り、イーファの怒りは沸点に達する。目の前に迫っていた魔物の首を食いちぎり、一足飛びに広場の中心へと向かう黒の影。
「イーファ、いけない!」
Jの焦ったような制止の声も聞かず、上段から一気に群れの頭とおぼしき魔物に飛び掛ったイーファは、しかし、確実に仕留めるかと思ったその位置から、空中でなにものかによって弾き飛ばされた。背を丸めて地に打ち付けられた獣を庇うようにJが駆け寄り、好機と見た魔物たちがいっせいに群がる。
「邪魔すんじゃねーよ!」
「お前たちの相手は、俺たちがしよう」
簡素な木製の杖だけで応戦するべく身構えたJの前には、しかし、さらに人影が重なった。
「え…?」
見事なコンビネーションで次々と襲いかかる魔物をなぎ倒すゴウとリョウに、肩透かしを喰らったJは目を見開いて呆然と立ちすくむことしかできない。状況が把握できずにきょとと瞬きを繰り返していたJに、今度は横合いから一歩退くようにとの声がかかる。
「聖なる光、邪悪なる魂に対峙しそして汝が加護を受けて戦う戦士たちに、更なる力を貸し与えたまえ!」
「レツくん…」
「補助魔法だよ。僕は、前衛向きじゃないんだ」
振り向きながらふと微笑み、烈はその手に光の弓を呼び出し、ゴウとリョウの合間を縫ってきた魔物に向かって光の矢を打ち放った。
「大丈夫?怪我はない?」
「ボクは、平気」
「イーファは?」
『大した傷ではない』
もそもそと起き上がった獣は、軽く身震いをすると、問いかける烈の声に憮然と答える。その声にようやく表情を緩めたJが、そのまま鋭い短呪と共に杖を背面方向に一閃させる。と、断末魔さえ残すまもなく、背後に回っていた魔物が数頭、まばゆい炎を上げて炭へと化す。
「あの、この魔物たちだけど、もしかして、倒しちゃいけない理由とかあるかな?」
「イーファ、どう?」
『無理だ。もう魂が囚われている』
淡白な返答に、Jはため息をついてからレツの最初の問いに否定の言葉を向ける。
「どういうこと?」
「程度の浅い呪縛による魔物化だったら、解放してあげることもできるんだ。でも、彼らはもう魂ごと囚われてしまった。だから、魂ごと消し去るしかない」
読めない会話にレツが疑問を呈すれば、Jは暗い声で説明を加える。
「本当は、こんなことになる前に禍根を取り除いてあげたかったんだけど」
『叶わぬこと。そもそも、闇に堕ちたものに気をかける必要はない』
「なんだか、僕らの知らないことをいろいろ知ってるみたいだね。聞きたいことはたくさんあるんだけど――」
「おーい、難しいこと言ってないで、こっち手伝ってくれよ!」
眉根を寄せ、レツが深刻な表情で言葉を途切れさせれば、間延びしたゴウの声がそこに重なった。見れば、無闇に襲い来ることは諦めたのか、魔物たちがレツたちを囲み、じりじりと距離を狭めてきている。
「ゴウ、お前攻撃符は?」
「ない。まだ買ってないんだ」
「俺も、大技を出そうにもこんな市街では無理だ」
反射的に、Jとイーファを含めて背を預けあう形の円陣を組み、レツは仲間たちの言葉にこめかみが痛むのを感じる。多少数が減ったとはいえ、まだまだ敵の方が多い。一気に片付けないと、持久戦に持ち込まれて不利なのはレツたちのほうなのだ。
***
まだ続きます。