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文字通りの掃き溜め。覚書とも、下書きとも。
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夏休みのネット落ち前においていたお土産の再録です。
小ネタ板をこちらに移すに際して、ファイルの底から引っ張り出してきました。

いわゆる RPG 風ファンタジーもの。
お嫌な方はスルー推奨で。




 うっそうと茂る木々の合間から、差し込む光はごくわずか。足場も悪く、そろそろと慎重に進まざるをえないこの場は、彼の性分にはあっていない。
「だあーっ、やってられっか!!」
「うるさい!」
 遅々として進まない己に焦れてか、唐突に立ち止まって空に吼えたゴウは、後頭部を遠慮容赦なくひっぱたかれて、小さく悲鳴を上げた。
「なにすんだよ、レツ兄貴!」
「黙れ。元はといえば、おまえがこっちの方が近道だ、なんて言って一人で突っ走った結果だろ。町に出られなかったら、責任取れるんだろうな?」
「うっ、それは…」
「だったら静かにしとけ」
 口ごもる弟を冷ややかな目でねめつけ、レツはそれを静かに見やっていた背後の長身の男を振り仰ぐ。
「どう、リョウくん?何か見える?」
「いや、まったく」
「そっか。この辺のはずなんだけどね」
 懐から取り出した地図を薄明かりの中で目を眇めながら見やり、レツはため息を禁じえない。弟の無謀は昨日今日にはじまったことではない。耐性も免疫もできてしまっている。が、それでも。もう少し性格が矯正されてもいいのではないかと、恨めしく思う気持ちに変わりはない。
彼の無謀のもっとも厄介なところは、悪気はないが自覚もないことである。
彼らがいまいるのは、俗にいう禁域の森。踏み込んだが最後、生きて出ることは叶わないとされる場所だ。
 もっとも、彼らの場合はたとえ魔物が襲ってきても、剣士、重剣士のゴウとリョウがいれば大概は凌げるし、神官でもあるレツさえある程度の魔力を残していれば、最悪の場合は逃れられるだろう。だが、危機的状況にあることに違いはない。


 地図が正しければ、そろそろ森を抜けるための魔方陣を擁した碑を見つけられるはずなのだが、周囲には変わらず、年経た木々があるだけで、目的のものは見つけられない。
「困ったなあ」
 いまのところ、頼りになるのはこの一枚の地図だけである。それが正しくないとあっては、どうしようもない。こんなことなら、転移用の魔道具を購入しておくんだったと、レツはため息に後悔を乗せる。
 と、そのとき。
「誰かいるんですか?」
 横手から響いてきた人の声に、三人は素早く臨戦態勢を整える。ここは迷いの森。立ち入った愚かな人間を捕らえるための仕掛けは数多く、人を模す魔物の罠も少なくない。
 がさがさと、相手は警戒など微塵も感じさせずに下草を掻き分け、ひょっこりと三人の真正面に姿を現した。
「ああ、警戒しないで。ボクは敵じゃありません」
「怪しいヤツはみんな、そう言うんだよっ!」
 自分に向けられる得物に、その段になってはじめて気がついたのか、現れた相手はやんわりと微笑む。だが、そこでいちいち警戒を解いていては、命がいくつあっても足りない。
 先手必勝とばかりにゴウが突っ込めば、相手は慌てて後ろに跳び退る。同時に上がった砂煙の中、声だけが行きかう。
「ちょっと、待ってください!」
「待てって言われて待つ馬鹿はいねえぜ」
 小刻みなステップを主体とするゴウの合間を縫い、リョウが背に背負っていた重剣を振り、大技を仕掛ける。分が悪いと悟ったのか、相手は近くにあった木の枝の上へと、身軽に逃れた。
「ほら見ろ!人間は、そんなに身軽じゃねーんだよ!」
「落ち着いてください。森の精霊たちが、迷い人がいるようだからと騒ぐので、様子を見に来ただけなんです」
「そんな馬鹿みたいな――」
「ゴウ、待て」
 さすがに高度がありすぎて届かないため、攻撃はできないものの口数を減らすことなく対峙していたゴウを、後ろで見ていたレツが押しとどめる。
「精霊が、って言ってたけど、君は森の住人なの?」
「麓のものです」
「森の出方を知ってる?」
「もちろん」
 一歩前に踏み出し、上下で会話を交わし終えると、レツはゴウとリョウに得物を収めるよう身振りで示し、表情を緩める。
「いきなり襲ったりしてごめんね。迷い込んで、困ってたんだ。よければ麓まで連れて行ってもらえないかな?」
「ええ、そのために来たんですから」
 ふわりと微笑み、木の上から相手はひらりと飛び降りてくる。重さを感じさせない、やけに身軽なしぐさだった。


「話も聞かずに攻撃したりして、ごめんね。僕はレツ」
「いいえ、疑うのは当然ですから。ボクはJといいます」
「Jくん?えっと、言葉遣い崩してくれないかな」
 年齢も近そうだしと、レツはとびきりの笑顔を向ける。
「こっちのは僕の弟でゴウ。あと、リョウくん」
「怪我はないか?すまなかったな」
「ううん、大丈夫」
「……紛らわしいことすんなよ、殺しちまうとこだったろ」
「うん、気をつけるよ」
「ゴウッ!」
「いいんだ、ボクも無用心だったから」
 慌ててゴウを諌めるレツに微笑み、Jは行こうかと促す。
「もうじき日が暮れる。夜の魔物は、昼と違って強暴だから」
 そして、レツたちの返答も待たずに、Jは懐に手を入れて何かを取り出すと、そっと宙に放した。Jの指先に青白い光が集まる。と、それは震えて、次の瞬間にはどこかへと飛び去ってしまった。
「えっ、あれ?」
「大丈夫。さ、ついてきて」
 消えてしまって平気なのかと、目を丸くしているゴウに自信ありげに笑いかけ、Jは足を踏み出した。
「いまのは、なにかの魔道具?」
「森の入り口に生えている木の妖精だよ。戻る道を教えてくれる」
 水や風といった、四大元素の精霊と違い、固有のものに宿る妖精は、帰巣本能が強い。それを利用させてもらったのだと笑うJは、迷いなくひょいひょいと、木々の間をすり抜ける。
「消えちゃったけど、わかんのか?」
「目には見えないけれど、通ったあとには精気が残っているから」
「感じとれるのか?」
「うん。この森は精気が独特だからね」
 わかりやすいよ、と微笑まれても、レツたちは唖然とするしかない。足場の悪さなどまったく気にした風もなく、かなりの速度で先をゆく背中を見失わないように進みながら、リョウは同じ問いをレツにも向ける。だが、口はぽかんと開けたまま、レツは首を横に振ることしか出来ない。
 精気の軌跡を辿るなどというまねができるのは、同じ妖精同士や精霊同士か、よほど経験に富んだ術士ぐらいなもの。軽々しく口にできるようなことではない。
「ねえ、もしかしてJくんって、術士?」
「端くれみたいなものかな。普段はしがない薬師だよ」
 振り向いた笑みに含みはなく、彼はそのまま足を止めると、レツたちが追いつくのを待ってにこやかに言い切った。
「あとはここを降りるだけだよ」
 目の前に広がるのは、霧のかかった深い渓谷だった。

 底など見えるわけもなく、風の通り過ぎる音に背筋が粟立つ。
「で、できるわけねーだろ!?」
 普通の人間がこんなところを降りられるわけがない。岩肌を辿って降りることも不可能ではないだろうが、途中で魔物ならず獣にすら、襲われればひとたまりもないだろう。覗き込み、実は高所恐怖症という意外な弱点を持つゴウがじりじりと後ろに下がりながら叫べば、それを諌めるのも忘れ、レツとリョウも深く頷く。
「ちょっと、難しいんだけど」
「他に道はないのか?」
「ないことはないんだろうけど、妖精がここを通って戻ったみたいだから、外れるとボクも迷いかねないし」
 困ったな、と眉を寄せ、Jは右手を軽く握ったり解いたりを繰り返す。
「おまえ、術士なんだろ?召還獣とか呼べねーのかよ!」
「杖がなければ、術士は無力だよ」
 手荷物はなにもないというのを証明するかのように、両手を広げて、Jは苦笑を浮かべるだけだ。
「でも、そうだね。降りるくらいなら」
「できるの?」
 物は試しとばかりに小石を崖下に放ってみたリョウと耳をすませていたレツは、一向に聞こえてこない衝突音に引き攣る顔を上げ、Jを見つめる。
「このぐらいの人数なら、どうにかなるかも。――イーファ!」
 なにかを確かめるようにぎゅっと右手を握り締めると、Jは天を掴むように宙に突き上げてなにものかを呼ぶ。
 ざっと冷風が下から吹き上げ、霧をまとって飛び上がる大きな影がある。敵襲かと身構えた三人に手振りで大丈夫だからと示し、Jは一歩、崖の方へと踏み出して影に両手を差し伸べる。
「やっぱりついてきてたんだね」
『汝の身を案じてのこと』
「うん、わかってる。心配させてごめんね」
 現れたのは、レツたちが見たことのない姿の獣だった。全体的にはヒョウに似ているのだろうが、背に生えた大きな翼が、それを裏切る。そもそも、人語を解する獣など存在するはずがない。やはり魔物なのか、それにしてはJに懐く様子をみせるのが不可解であるが。
困惑を前面に押し出す三人を、漆黒のしなやかな肢体の中で輝くアメジストの瞳が冷ややかに見回す。
『して、なにごとだ?』
「彼らを下まで運んであげてほしいんだ」
『汝は』
「この程度なら、飛び降りても平気だと思う」
『我は汝が傷つくのを望まない』
「途中にクッションをおけば平気だよ。さあ、君たちは彼に乗って。大丈夫、彼はボクの友達なんだ」
「でも、Jくんは?」
「ボクは平気だから、さあ」
 身動きのとれずにいるゴウをリョウが抱え、レツもまた不安そうな色を隠さずに指示に従う。
「じゃあ行こうか」
 言うが早いか、Jは地を蹴り、絶壁から身を躍らせた。


 あまりに突飛な行動にレツたちはイーファと呼ばれていた獣から身を乗り出すも、それを押しとどめる低い声が響く。
『掴まれ。行くぞ』
 獣の声だ。告げ、背中の人間たちがそれぞれしがみついたのを感じ取ると、獣もまた地を蹴り、すさまじい速度で垂直降下していく。吹きつける風の強さに、レツは目を細めて真っ白に染まった行く手を見据える。高度が下がるほどに霧は薄くなり、その中を飛ぶ金の髪に、レツは小さく声を上げた。と、獣が大きく跳躍する。
「うわっ!?」
『暴れるな』
 思わずバランスを崩したレツたちに一喝し、獣は髪の主、Jの首筋を咥えて翼を鳴らす。
「イーファ、大丈夫だって言ったのに」
 まるで驚いた風もなく、Jは獣を振り返る。口のふさがっている獣はのどを鳴らし、ふわりとゆるやかに着地した。
『汝は無謀が過ぎる』
「ちゃんと考えて動いてるよ」
 反論に聞く耳など持たず、獣はあさっての方をむいて鼻を鳴らすと、そのまま黙り込んでしまった。
「ここをまっすぐ降りると、大きな街道に出るよ。少し急げば、日暮れまでには近くの町につけるはず」
 ため息ひとつで方向を転換し、Jは近くの木の根元においてあった籠を手にしながら、にこりと笑って西を指す。
「お前は?」
「ボクは反対だから、ここでお別れだね」
 本当は薬草を採りに来ていただけなのだと草の入った籠を示し、Jは急いだ方がいい、と三人を促す。
「そうだね。いろいろと、どうもありがとう」
「おかげで助かった」
「じゃあな」
「どういたしまして」
 別れを告げあい、三人とJは背を向けあう。レツたちは山を下り、街道へと。Jは、さらに山の奥の方へと、それぞれに立ち去っていった。


***

尻切れトンボ。
続きます。

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