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ネットサーフィンでふらふらと文字と画像の海を漂っていたJは、ふと興味をおぼえた文字列に、マウスをあわせる。
「影が、薄いんだ?」
「どうかしたのかい?」
クリックし、さらに詳しく書いてあった記事を興味深げに読んでいたJは、思わず口をついた単語に返ってきた予想外の声の存在に、びくりと肩を震わせる。
「ああ、ごめんね。驚かせる気はなかったんだよ」
「いえ、大丈夫です。ちょっと、びっくりしただけですから」
「で、何の影が薄いんだい?」
振り仰いだ先には、やわらかく笑む土屋の双眸がある。二、三度瞬きを繰り返して跳ね上がった鼓動を落ち着けると、Jもまた軽く笑みを返す。そして、やはり興味深げにディスプレイを覗き込んでくる土屋のために、少しだけ椅子をスライドさせる。
Jのさりげない気遣いに小さく礼を述べ、件の記事を一読した土屋は、複雑な表情で子供を見下ろす。
「まあ子供にとって、母親は父親より、一般的に存在感が強いものだからね」
「母の日はまあ、ボクにもわかる気がします。でも、土用の丑の日より、節分よりも祝われる率が低いんだそうです」
「うーん、なんだか切ない話だねえ」
この子には、血の繋がったいわゆる本物の家族がいない。それを気にして母親だの父親だのという単語をなるべく避ける習慣は、つい最近まで続いていた。気にしないから、もう昔の話だから、そうやって過剰に気遣われる方がかえって辛いのだと本人に訴えられ、ようやく話題を選んだり単語を外したりすることはなくなってきた。
それでもまだ、やはりこの手の単語を口に出すときは、表情に痛みが走る。傲慢だと、誰かを哀れに思うのは、時に一方的で身勝手な感情になるのだとわかっている。でも、抑え切れないのだからどうしようもない。
土屋の複雑な表情をちらりと見やったJもまた、複雑な笑みを浮かべる。仕方ないといわれているようで、悲しいと訴えられているようで。土屋はしょんぼりと、胸の中で項垂れる。
もう少し、努力の時間が必要だ。
「世間一般の話は、まあ、おいておくとして。ボクは、父の日のほうが大切だと思う派ですよ」
ふと明るいJの声で、土屋は知らず俯いていた視線を上向ける。いたずらっぽい表情で斜めに振り返るJは、疑問の色を呈している土屋に、やはり明るく笑いかける。
「だって、お母さんはいないけど、お養父さんはいるから」
さらりと、あまりに嬉しくて心の奥底にまで響く言葉は、一旦通り過ぎて、それからじわじわと感触となって戻ってくる。まじまじと眼下にある蒼い瞳を見つめれば、ふんわりとやわらかく、その色が和む。
「今年も、お祝いしましょう。プレゼントを用意しておきますね」
「…楽しみにしているよ」
嬉しくてくすぐったくて、土屋はくしゃりと、Jの金糸をやや乱暴にかきまわす。
くすくすと幼子のように笑い声をあげ、Jはディスプレイ上にいくつも立ち上がっていたウィンドウを閉じ、パソコンをスタンバイ状態にもっていく。
「博士、一区切りついていますか?」
「ああ、ちょっと喉も渇いたし、キッチンに行こうと思っていたところだよ」
そして通りがかったJのところで、ついうっかり油を売ってしまったのだ。
「ボクも行きます。お茶、ご一緒させてください」
「うん。ついでにちょっと、おやつでもつまもうか」
先日出張から帰ってきた所員が、お土産にスイカを買ってきてくれた。そのことを話せば、Jはやはり、声をあげて楽しそうに笑う。夏本番にはまだ間があるが、暑い日が続く最近には、嬉しい差し入れだ。
廊下を並んで歩きながら、土屋は薄く微笑んだ。
世の中の七割弱の父親諸君、羨みたまえ。
私の優秀な愛息子は、どじで間抜けなこの義父のために、父の日をこそ祝ってくれる。
***
父の日小説です。
未来設定、かな?
元ネタは、私が実際に見たとある記事より。
世の中のお父さんたちには悲しい事実ですが、きっとここの二人には微塵も関係ないと思ったので(笑)。