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「豪!豪ってば!!」
「あー?」
廊下から響く兄の声に、自室で扇風機を回しながらテレビとゲーム機を同時稼動という、冷ましているのか熱しているのかわからない状況を繰り広げていた豪は、首から上だけを仰け反らせて、廊下に続く入り口を見やる。
この後に続くセリフは、なんとなく想像できる。
――お前まーたゲームばっかやって!
とか、
――いい加減にそこクリアしろよなぁ。
とか、
――宿題やったのかよ!?
とかとか。
とりあえず、きっと耳にやさしくない辛辣なお言葉が飛んでくるはずだ。
やる気のない、まったく気のない振りをしつつ、豪は内心でぐっとこぶしを握り締める。烈のそんなひと言ひと言に、実は結構ぐっさりと心を抉られているのも事実。そして、そんなことは微塵も悟らせたくない、男としての意地のようなものがあるのも事実。
ゲームもやめない。攻略方法も聞かない。宿題もしない。
よし、と心中で己の反応をなぞりなおし、豪は視界の中、上下逆転している兄の瞳に焦点を合わせる。
「ほら、今日は出かけるって言ってたろ!?さっさと行くぞ!」
「えーっ!?だって、おれ、ようやくここまで来たんだぜ!」
「知るか。ほら、準備して!」
思っていたこととはまるでかけ離れたセリフに、肩透かしを喰らいながらも豪は反論する。だが、年の功に頭の良さが加われば、そんな程度の抵抗はあっという間に封じ込められてしまう。
どうせセーブしたばっかだろ、のひと言と共に、視界から消えた兄の手が、無情にもゲーム機のリセットボタンを押す。
「あーっ!!」
「うーるーさーい。ほら、みんな待たせてるんだから!」
「みんな?」
仰け反っていた状態から戻り、その勢いでぱたりと床に倒れ伏し、豪は恨みがましげな視線を烈に向ける。もっとも、烈がその程度を気に掛けることもなく。
「お前、もしかして、ほんっとうに忘れてるのか?」
「だから、何の話だよ?」
心底呆れた様子で目を見開いた烈は、そのまま天井を仰ぎ、額に手を当てて大袈裟にため息をつく。とりあえず最上級の見下し方をされたことに勘付いた豪はますます不機嫌さを募らせるが、烈は一変、生真面目な顔でびしりと豪の鼻面に人差し指をつきつける。
「今日、何月何日?」
「えー?」
言われて、カレンダーを見やって。
そうしてようやく、一枚めくられていることに気づいて。
「八月一日?…って、おれの誕生日!」
「そうだよ。で、みんなでプールに行こうって、約束してただろ?」
せっかくの誕生日だから、みんなで遊んで、それからイブニングパーティーとしゃれこもうと、そう約束していたのだ。
わなわなと震える豪の鼻先をちょんとつつき、烈はにいっと笑いかける。
「お前、自分の誕生日すら覚えていられないんだな」
情けない、と言われても、今度は豪に返す言葉はない。ううっと唸るそこに、玄関のチャイムと、母親の軽やかな声が響く。
「烈ー、豪ー、みんながお迎えに来てるわよー?」
「はーい、すぐ行く!」
ひょっこりと廊下に顔をのぞかせ、玄関を向いて「待たせてごめんね」と笑いかける烈は、ちゃっかりとプールセットを握り締めている。
「え、あっ、おれも!」
置いていかれてはならないと、慌ててその後に続いた豪に、玄関に雁首をそろえていた友人たちが、やっぱり、といった微苦笑をもって出迎える。
「待ちくたびれて迎えにきちまったぞ」
「やーっぱり、こんなことじゃないかと思ったんだす」
「ま、それでこそ豪くんでげすな」
「プール、行くよね?」
笑顔といつもの言葉。それだけなのに、豪は先ほどのゲームをやっていたときより、気分が高揚するのを知る。
「ほら、豪。みんな待たせてるんだから、早く準備!」
「はいっ!!」
思わず立ち止まってしまった豪の背中を、烈がバシッと叩いて促す。反射的に背筋を伸ばして勢いよく返事をすると、いっせいに笑い声が上がる。
もつれそうになる足で階段を駆け上がろうとしたところに、そして、もう一度。兄から呼び止める声がかかる。
今度は何事かと、あせりながらもつい振り向けば、大切な仲間たちの最高の笑顔と大合唱。
「お誕生日おめでとう!」
そのひと言をもらえただけで、今日は最高の一日。
***
豪くん生誕記念小説でした。