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烈総受け風味の目指せオールキャラ。
そしてちょっとだけリョウ←ジョー風味。
苦手な方は回避推奨。
てか、このシリーズJくんがめっちゃ腹黒い。
普段書いてるJくんとのギャップに、久々に読み返して自分でちょっとびっくりしました。
何考えてたのかな、このころの私……?
無難な種目になんか、興味はない。
「どうしたの? レツくん、なんかとっても楽しそう」
「そう? そんなことないと思うんだけど……」
波乱万丈、トラブル上等。
いつだってなにか普通じゃないことの起きている僕の日常には、ちょっとスリリングなくらいの種目がぴったりだ。
「ごまかさなくていいよ。どうせ、またなにかおもしろいこと考えているんでしょう?」
「うーん、どうしてばれちゃうかなあ?」
「だって、レツくんって、基本スタンスがボクと一緒だもん!」
にっこりきっぱり言い切ってくれたのは、ドイツチームの誇る天才レーサー。天使の笑顔の裏に魔の大王を飼っている、自他共に認める王子さまだ。
ああ、なんか傷つくかも。
一応、目の前でそれこそ世の女性の心臓を年齢層も広くぶち抜いてくれそうな笑顔を惜しげもなく披露してくれている彼に比べれば、常識を持ち合わせているつもりだったのに。
胸中で呟く言葉はおくびにも出さず、烈は音のしそうな笑顔をミハエルに送る。
「で、なにを考えてたの?」
「ああ。これ、いったいどんな結果に終わるかなあって思って」
「え? でも、レツくんが出ないんだから、そんなに大きな波乱は――」
「その代わり、Jくんが出るよ」
しかも、彼が自ら選りすぐった、精鋭メンバーとともに。
ミハエルの言葉を遮ると、烈はしばらく目の前の光景に黙って見入った。トラックに次々と運び出されていくハードルやら跳び箱やら網やらを眺めながら、小悪魔代表の少年は、心底楽しそうな笑い声をもらす。
「それに、借り物競争だよ? 絶対に何かあるって!」
「……レツくんは、犠牲者が出るとふんでるの?」
「出ないわけがないよ」
だって、借り物競争にJくんだもん。
自信たっぷりに言い切った烈に、ミハエルはおとなしく頷く。基本スタンスが同じという指摘は、実に的を射ている。二人とも、このイベントで起こる騒動を楽しんでいるという点に違いはないのだから。
ミハエルは視線を上げ、楽しいトラブル、もといイベントの犠牲となるだろう出場者が集まるゲートに向かって手向けの言葉を送った。
「ご愁傷さま」
軽やかなその声には、哀れみの念も同情の念も、ミリグラムだって含まれてはいない。
基本的に、速さを競う勝負は身軽さが勝負である。負傷の危険性はついてまわるが、余計なプロテクターなどを身につければ、その分スピードを上げるのに邪魔になる。それは、ミニ四駆だって人間だって変わらない。
『よーし、みんな、お待たせ! 準備が整ったみたいだから、はじめるよ!!』
ファイターの声に、グラウンドの片隅に集まって、おもいおもいに体をほぐすなどして時間をつぶしていた選手たちは、視線をトラックへと向ける。
『いままでのに比べれば、これは単純だね! 要するに、障害物を切り抜けて指定されているものを借りて、ゴールにたどり着けばいいんだ!! もちろん、ショートカットは邪道だぞ!』
コースの途中に設けられたのは、なぜかトラップ。網はくぐる、ハードルは潜り抜ける、跳び箱は踏み越える。そこまではまあ、普通だ。
もしもこれが、障害物競走であったのなら。
「これ、借り物競争だよなあ?」
「障害物はおいておくとして……。机、わけわかんないでげすな」
ちなみに、障害物競走のお約束トラップ、麻袋に下半身を突っ込んでぴょんぴょんと跳ぶのは、ビジュアルがよくないからと、鉄心から事前に却下の勅命が下っている。選手たちには、そんな裏事情などもちろん内緒だ。いかに腹黒いタヌキとはいえ、どの選手がどの種目に出場するかにまで手を回しては、あとあと小悪魔たちの餌食になりかねないことを知っていたのだろう。誰がなにに出場しても、最悪の映像に遭遇しないようにとの根回しはばっちりだ。
豪と藤吉が並んで首をかしげる後ろから、気配も感じさせずに抜群の視力を披露してくれたのは、中国チームの双子。
「机はなんか、紙がのっているっぽいね」
「鉛筆もあるけど、テストかな?」
背面からの不意打ちに十分びっくりしながらも、豪は続けられた単語にぴくりと眉を跳ね上げる。
「テスト? なんでんなもんまであるんだよ!? これって運動会だろー」
「そんなこと、ぼくらに言われても困るよ」
「そうそう、見たまんまを言っただけなんだから」
左右シンメトリーに迫られて指を突きつけられれば、さすがの豪も押し黙らざるをえない。しかも、どちらがどちらか、見分けがつかないとなればなおさらだ。
「……てゆーか、どうして二人とも男子のユニフォームなんでげす?」
「だって、こっちのほうが楽しいから!」
「分けたら見分けがついちゃうじゃない!」
きゃらきゃらと笑いあう双子は、ともに赤組代表だ。
『じゃあ、それぞれ第一レースか第二レースか、くじを引いてくれ!!』
出走は二回に分けられる。それぞれ紅白三人ずつ、六レーンでの勝負だ。
豪や藤吉たちは聞いていなかったが、障害物があるのは単なる鉄心の思い付きだと、ファイターの説明によりタネ明かしは終わっている。ただハイテンションなだけでは、大人は務まらない。彼だって、きちんと職務はまっとうしている。
「あ、おれ二回目だ」
「それはよかったでげす」
「なんでだよ?」
「豪くんと一緒だと、余計なトラブルに巻き込まれるでげす」
そういう藤吉は、第一レースの第一コース。なんだか縁起が良さそうだ。
「では、ゴウ・セイバは私と一緒ですね」
穏やかな微笑を湛えて低次元な争いの勃発を防いだのは、ドイツチームの誇る、胃薬の似合う人ナンバーワン、エーリッヒだ。ひらりと示された紙には、第二レースの第三コースとある。かくいう豪は、そのおとなり、第四コースだ。白組のあとの一人は、と首をめぐらせたエーリッヒの視界に、すっと片手をあげてみせるクールな大和男児の姿が映る。
「ああ、リョウ・タカバですか」
よろしくお願いしますと、エーリッヒはどこまでも腰が低い。短く「ああ」とだけ返したリョウは、しかし、難しい表情でその耳元に顔を寄せる。
「気をつけろ」
「は? なににです?」
鉄心のしかける破天荒なトラップには、もはや免疫ができつつある。コース上の数々の障害も、もちろん慎重かつ迅速に切り抜ける心積もりはできていた。
「違う、Jだ」
「いったい、どういう?」
「あれは、なにか企んでる顔だ」
ちらりと流された視線を追ってエーリッヒが視点をずらせば、気づいたのかにっこりと微笑み、小さく手を振ってくれる、どう見ても日本人ではない日本チームのメインブレーン。
背景には雲間から刺す光と天使たち、もしくは教会のステンドグラスを推薦したくなるぐらい、まぶしくてまっすぐな、穢れのない微笑みだ。
「そう、ですか?」
とても腹黒いことを考えているようには見えない。いぶかしむように呟いたエーリッヒに、リョウはきゅっと眉を寄せ、それから大きく息を吸ってひとつだけ忠告しておくが、と続ける。
「何も起きないならそれでいい。だが、きっとあいつは何か起こす。だから、気をつけておけ」
あいまいに頷いたエーリッヒが、普段のリョウに似つかわしくない苦々しい声の真意を悟るのは、もう少し後の話だ。
第一レースは、トラップの思いもかけない精巧さに苦戦するものはいたものの、全員が無事にそれらを潜り抜けた。コースの最終ストレート中盤に置かれていた借り物の指示の内容も、これといって変わったものはなく、ミハエルから靴を借りてこいだの、この一日にすっかり疲れ果てて医務でダウンしている土屋を連れて走れだのといったものだけだった。
ちなみに、ワンツーフィニッシュを飾ったのは赤組の双子だ。
「……一般的すぎる気がするのですが」
「いや、鉄心先生のことだ。おそらく、出走メンバーを見て借り物を変えている」
すっかりレースに熱中し、熱い声援と野次を飛ばしている豪の背後で、白組出走メンバー年長組の二人は、重苦しい会話を交わす。
「そんなに警戒しなくてもいいんじゃない?」
二人の間で灰色に濁った空気は、軽やかな声に打ち破られた。振り向けば、そこにはにこにこと微笑むJと、赤組の第二レース出走メンバー。
「お互い、いいレースをしましょうね」
第二コース、ジョー。
「残りわずかだしね、種目」
第一コース、J。残る第六コースには――。
「最後まで楽しみたいよね」
「ユーリ!? なんで赤組なんです!!」
あくまでも穏やかに、どこまでも礼儀正しく。二つの金髪の向こうからやってきたのは、白組応援席にいるはずのキツネのドン。エーリッヒの叫びに、ユーリはふうっとため息をつき、首を軽く左右に振り動かす。
「適切な人材が足りないため、ぜひとも助力してほしいと願われて。断りきれなかったんだ」
「適切なって、赤組にはまだ、ミハエルとかレツ・セイバとか、無傷の人間はたくさんいるじゃありませんか!」
そう、白組などよりはよほど、消耗していない人間は多い。
「でも、マルガレータさんもミハエルくんも疵ものにはできないし、レツくんは大切な借り物だし」
エーリッヒの悲痛な叫びは、どこまでも穏やかなJの一言で打ち砕かれた。
「それに、ボランティアじゃないよ? ちゃんとお礼は渡してあるし」
「お礼?」
「うん。ボクの秘蔵コレクションから、最高レベルの烈くんの寝顔ショットを」
「なっ、ずりーぞっ!! おれが頼んでもくれなかったのに!!」
もはや声すら出ないエーリッヒを、いつの間にか割り込んできた豪が背後へと突き飛ばす。よろりとよろめいた哀れな少年を支えてやりながら、リョウが口を開く。
「それはちゃんと認可されているのか?」
「大丈夫、根回しはばっちり」
ちょっと違う気がするが、リョウは深く突っ込むという愚は犯さなかった。それより、よほど気になる単語がある。
「J、烈が借り物とはどういうことだ? お前は借り物の内容を事前に知っているのか?」
「知らないよ。でも、鉄心先生が借り物を指定するんなら、絶対烈くんは使われると思うから」
やけに自信たっぷりで断言され、リョウは反論の言葉を見失う。そうだ、黒幕はあの鉄心なのだ。Jの言うことには、重すぎるほどの説得力がある。
「それにね、見ちゃったんだ。テント裏の用具のところに、烈くんサイズのすっごいかわいいドレスがおいてあった」
まだ使用されていなくて、この借り物競争が最終競技なら、きっとあれはここで出てくるはずだ。
一介の参加選手としてよりは、むしろ鉄心の仕掛けたトラップを利用してこのイベントを満喫することにしたらしいJは、いきいきとして非常に楽しそうだ。
「無茶苦茶な……」
「それは、本当ですか!?」
こめかみがびりびり痛んできたリョウだったが、基本的人権を無視したような話に、力なく倒れこんでいたエーリッヒが復活した。
「本当だよ。まあ誰に当たるかまではわからないけどね。元気になった?」
「ええ、もちろん」
やる気五割増し。エーリッヒ、華麗に復活。
ユーリからなんとか件の写真を奪えないかとあがいていた豪も、その話を耳にしたのか、一人で空に向かって吼えている。無論、ユーリだってたかが写真一枚ごときで終わる器ではない。
「ぜひ、その権利も貰い受けたいね」
いろいろ使えそうだから。
誠実そうな笑顔の裏に策士の一面を見た気がして、リョウは背筋を嫌な汗が伝うのを自覚した。
なんだかんだと促されてスタートレーンにつくと、ここからはファイターの仕切りだ。
『よーし、じゃあ、紹介するぞ!! 第一コース、赤組、Jくん!』
次々と紹介されていくおなじみメンバー。第六コースではさぞやブーイングが、と身構えたリョウは、そうでもない淡白な反応に、自分がもしかして固すぎるのかと悩んでしまう。だが、ファイターの詳細コメントによって会場はブーイングの嵐に包まれ、リョウはまた別の意味で、慣れない胃痛に表情をゆがめた。
『なお、ユーリくんはJくんの秘蔵コレクションに買収されての参加だ!!』
ポイントは赤組に入るぞー、という当然ながらの追加説明には、そんなことどうでもいいーっ、秘蔵コレクション寄越せー、との怒号が跳ね返ってきた。
重きをおくポイントがだいぶずれている。
『コレクションに関しては、あとで個別に相談してくれよっ! それでは、位置について……』
だが、胃痛に気をとられている場合ではなかった。ファイターが高々と上げた右手で、スタートを告げる火薬を打ち鳴らす。
『スタート!!』
各員、いっせいに綺麗なスタートダッシュ。
「レツくんは、誰が一番優勢だと思う?」
「借り物の内容によるけど、Jくんじゃないかな」
――まずはじめの障害は、網くぐり……って、あれ!? おっと、いきなり裏技炸裂だー!!
優雅に紅茶を楽しみながらレースを鑑賞する赤組の小悪魔二人組は、なぜか日よけパラソルに椅子とテーブルのセットつきだ。
ファイターの実況に、会場はどよめきを増す。そうか、その手があったか、と。
――Jくんのいたいけな瞳に見つめられ、網を押さえていた土屋博士がほだされた!! Jくん、ちゃんと今夜は肩たたきとかしてあげるんだよー!
わかってますよ、と朗らかに返し、Jは網を三番手でくぐり抜けた。
トップは、小柄さが網くぐりにはもってこいだった弾丸小僧、豪で、二番手は裏技を使いながらもレディーファーストは忘れないJが、緩んだ網を持ち上げて誘導したジョーだ。
「ね? Jくん、強いでしょ」
「そうだね。今日見てて思ったんだけど、彼も意外と、ボクらに近いんだね」
わずかに遅れて網を抜け出した残る三人は、リョウ、エーリッヒ、ユーリの順だ。
「なるほど、こういうことですか」
「この程度ですめばいいがな」
「二人とも、ごちゃごちゃ言ってるなら先に行くよ!」
なんとなくリョウの忠告の意味が読めた気がしてエーリッヒが遠い空を見やれば、リョウは苦々しい声で地面を睨む。そんな二人の脇を、いつでも穏やか、ユーリが駆け抜けていった。負けじと走り、後続勢は団子状態だ。
――さて、次の障害! おーっ、ここでもやはり、Jくんは裏技炸裂!! ジョーくんもそれに倣う!! きたないぞ、赤組!!
「きたないっていうかさ、頭が良いって言ってほしいな」
「あはは、でも、ずるいよね」
わざわざしゃがみこんでハードルをくぐるなどという面倒なことはせずに、ジョーは飛び越えて、Jは迷わずハードルを蹴倒して前に進む。素直に飛び越えないあたり、性格のひね曲がりっぷりが表面に出ているのだろうか。
「ちょっ、ファイター!! いいのかよ!?」
――ルール上はなんの問題もないよ! くぐるのがセオリーだけど、くぐれとは言ってないからね!!
「きったねえぞ、J!!」
くぐり終えた豪が走り出す頃には、前例に従ってそれぞれハードルを蹴倒したリョウたち後続三人組も追いついている。これで順位は、J、ジョー、残る四人の集団となった。だが、まだまだ差はわずかなものだ。
――そして、次はランダム小テスト!! さあ、あたりくじを引くのは誰だ!?
「おや、僕かな」
のんびり呟いたのはユーリ。先に到着したJとジョーは、なにやら小難しいはずれくじを引いたらしい。置いてあった鉛筆で、すさまじい勢いで文字の羅列を展開している。
――答えがわかったら、叫んでくれよ!
「ウマ!」
――ユーリくん、正解だ!!
軽やかに先頭を奪ったユーリに、やはり簡単な問題だったらしいエーリッヒが続き、計算との格闘が終わったジョーがそれを追いかける。
――豪くん、答えが出ないようなら問題を読み上げて、前に進んでいいよ!
「答えが出ないんじゃねえ! 言いたくねえんだよっ!!」
身内びいきもなにも抜きで、純粋にあまり豪の頭をよいと感じたことのない烈はこめかみを押さえていたが、どうやらちょっと違ったらしい。
リョウとJがそれぞれ答えを叫んで走り出し、うなっていた豪は腹を決めたのか、やけ丸出しで問題を読み上げた。
「烈兄貴が最近一番はまってるテレビ番組と本と食べ物とゲームを言え!!」
――正解だ! 進んでいいよー!!
ファイターは明るくさわやかに公平なジャッジを下したが、会場内は本日最高のブーイングが吹き荒れている。誰もが知りたいトップシークレットを暴く、最大の好機だったのに。
「レツくん、愛されてるね」
ミハエルの邪気のない笑顔に、不覚にも唖然としていた烈は我に返ってびくりと肩を揺らし、こぼした紅茶で体操着の上着に染みを作ってしまった。
レースは順調に進んだが、跳び箱を飛び越える際、よろめいたふりで全段崩してコースにばら撒くというユーリの意外な器用さのおかげで、二位以下は大混戦だ。
――さあっ、あまたの障害を潜り抜け、いま、ユーリくんが借り物の札を手にしたぞ!!
行く手にあった紙を拾い上げ、ひょいと裏返したユーリはあからさまに表情をゆがめた。彼にしては珍しく、逡巡しているようだ。だが、その間に後続勢は次々とユーリに追いつき、それぞれのコースに置いてあった紙を手にする。全員が一様に表情を揺らすのを見やり、ファイターは手元に届けられた資料をもとに、各コースの借り物を読み上げる。
――なるほど、ユーリくんの札は、一番信頼しているチームメイト!!
「リーダーッ!!」
その声が会場内に響き渡るや否や、白組スタンドからユーリを敬愛してやまない四人のチームメイトがこけつまろびつやってきて、我を我をと訴える。
「……リタイア」
誰を選んでも、あとあとが面倒そうだとキツネのドンは判じた。その判断は正しいのだが、誰も選ばなくてもそれはそれで面倒だった。
「リーダーッ!?」
悲壮な表情のチームメイトたちに瞳を潤まされ、ユーリはコースのど真ん中で必死の弁明に明け暮れる。
――愛憎劇だね!
明るく言い切っていい単語ではないだろう。ユーリとその取り巻きたちは、昼のメロドラマもかくやといった様相を呈しつつある。
――おっと、これはこれでおもしろそうだ! ジョーくんは、参加レーサーの中で一番気にかかる異性!!
言われて視点を転じれば、ジョーは真っ赤になって唇をかんでいる。
が、いつまでも迷っていても仕方ないと割り切ったのか、きっと目を上げて、借り物を探すために場内に散っていった第五コースを走る少年を探しはじめる。リョウくんは場内でリアップを一番愛用している人を探しにいってるよー、とファイターは親切にも助言を与えてくれた。
両名、おそらく時間内には戻れないだろうから、脱落である。
――豪くんは……。ああ、あまり怪我人に無理はさせないようにね!
「おい、起きろってば!!」
豪の札には、パートナー指定の二人三脚があった。ここまでくると借り物の域を出ている気がしないでもないが、そんなことに気づいている人間はあえて口にしないし、豪は勝敗で頭がいっぱいで、そんな細かなことまで気づかない。まだ飛びつき綱引きで受けた痛手の癒えない、半ば茫然自失気味のミラーをがっくがくと揺さぶっては、エッジとハマーDに羽交い絞めにされている。
――エーリッヒくん、そんなに眉間にしわを寄せて悩んでいたら、いい男が台無しだよ!
銀髪の紳士を悩ませている札の指示は、あなたが最も認める恋敵をつれてこいというもの。数えるのもばかばかしい候補者たちをふるいにかけるのは比較的たやすかったが、残った数名から一人を選ぶことができなかったのだ。良くも悪くもまじめな彼は、適当に誰でもいいから選んで走るなどという、半端なことができなかった。不運である。
――となると、Jくんが一番順調なのかな? おーい、どこだい?
ド派手なグラウンド中央に注意を奪われていた観客とファイターは、軽やかな返答を伴って赤組陣営からひょっこりと飛び出してきたJに、一様に声を失っていた。その腕の中には、アリスのティーパーティーもかくや、カチューシャ完全装備の、エプロンドレスを着せられた烈の姿があった。恥じらいのためか紅潮した頬と、それを隠そうとJの上着を握り締めて顔を隠す様子は実にいじらしい。
――Jくんの札は? ああ、愛しのあの子にエプロンドレスを着てもらって、お姫様抱っこでバージンロードをまっしぐら……って、待って、みんな! 乱入はなしだよ!!
烈の姿を見たとたん、マイ一眼レフを持って飛び出していった鉄心によって亀裂が入ったその他の人員の理性は、ファイターの言葉によって、見事に分断された。
「待て、レツをこちらに!!」
「ダーメ。ほら、レースに乱入はしちゃダメだってば!」
真っ先に駆けつけたブレットのタックルを紙一重で交わすと、Jは前方をふさぐ鉄心をなんの感慨もなく踏み倒し、トラックをひた走る。
白組、関係者以外の競技乱入でペナルティー。十点減点だ。
「おい、レツ・セイバは私の愛しの運命の人だ!! 貴様になど渡さん!」
が、数メートルも進まないうちに、周囲をぐるりと囲まれてしまった。ずいと正面から進み出てきたシュミットからあとじされば、背後からは恋愛とは別種の意味合いを持った殺気。
「カワイイ!!」
「写真、一枚だけでいいから!」
サバンナソルジャーズを中心とした、女性レーサーのみなさんだ。衣装作成が彼女らのボランティアであることは、内緒であるはずだったが、きちんとパーツごとに、制作メンバーのネームがタグに刺繍されていたため、ばればれだ。
進退窮まったJが抜け道を求めて視線をさまよわせれば、横合いからタックルを受け、思わずよろめいて倒れこむ。
「ああっ!!」
誰の悲鳴だったか、しかし、集っていた烈に身も心も焦がす野郎どものおかげで、Jは地面に打ち捨てられたが、腕の中のエプロンドレスはしっかと抱きかかえられている。攻撃元は、ミラーのことなど捨て、めったに見られない兄の艶姿のために人垣を縫ってきた豪である。
「兄貴っ!?」
「レツ、大丈夫ですか?」
「あ、おいエーリッヒ! 抜け駆けは許さんぞ!! ……レツ、私が医務まで連れていってあげよう。さあ、手を」
「どけ、レツに群がる害虫は、オレが許さん」
いつの間にやら復活したブレットが周囲に牽制の睨みをきかせれば、シュミットとの間で激しい火花が散る。どさくさに紛れて、いまだ顔を伏せたまま決して自分たちのほうを見てくれない兄を豪が抱き上げようとすれば、にこやかなエーリッヒが体をもって盾となり、邪魔をする。カメラを構えているのは、なにも衣装制作組の女性レーサーばかりでなく、タマミやバタネンも、マイカメラを取り出して子供たちの間に割り込んでいた。
人垣とフラッシュ。なんだかマスコミとスキャンダルでも起こした芸能人といった様子である。
「………て」
「え?」
下心みえみえの助けの手と好奇の視線にさらされていた中心で、エプロンドレス烈は、涙声でなにごとかを呟く。どきりとして騒ぎを収め、思わず聞き返したのは誰の声だったか。
「どいてよ! どいてってば!!」
伏せていた顔をあげてみれば、大きな紅い瞳が涙で潤み、まつげは水滴できらきらと輝いている。なにかに相当憤慨しているらしいが、その表情ですら愛らしい。恋は盲目、あばたもえくぼ。いや、この場合は少し違うか。
鼻の奥がつんと熱くなったもの、心臓を打ち抜かれて血の気を失ったもの、反応はさまざまであったが、烈はそんな周囲にかまうことなく、しゃがみこんでいた姿勢から、両手をついてとある方向をのぞき込む。自然と烈のために道を開けながら、周りは烈の鑑賞会兼、見守り体制だ。
「大丈夫!? Jくん!!」
そこには、脇腹アタックをもろに喰らい、そのまま打ち捨てられていたJが地面に伸びていた。心なしか青ざめた表情を取り繕いながらぐったり伸びていたJは、烈に手伝われてよろよろと上半身を起こす。破壊力抜群の愛くるしさを振りまく烈にかすり傷を気遣われ、抱き起こされている立場に、ブレットや豪をはじめとした面々は殺気を覚えたが、ここで下手に攻撃を仕掛けては、烈にいっそう嫌われかねない。我慢だ。
「大丈夫? どこか痛くない?」
はらはらと涙をこぼす烈に気遣われ、Jは弱々しく微笑んでみせる。
いっそすがすがしいほどにわざとらしい弱々しさだった。こいつ演技していると、誰もが悟るものの口には出せない。いつの間にやら、トラックにはほぼ全員が集合していた。烈の艶姿を危険を冒してまで見に行くつもりはなかったが、面白そうなことになっているのに、わざわざ見逃すこともない。
目と目で見つめあい、手と手を取り合い、学芸会でもしているかのような二人。体操服とエプロンドレスというミスマッチ具合も、なんだか特殊効果の一種のような気さえしてくるから不思議だ。
「大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」
「そんな! だって、当然だよ?」
いまだ涙を湛えたままの瞳でにっこりと、妖精も天使も女神も、みんな裸足で逃げ出しそうな笑顔を浮かべ、若干頬を紅潮させながら、烈はきっぱりと言い切った。
「僕、Jくんのこと大好きだもん」
まさに、核爆弾クラスの爆弾発言であった。
きゃあっと女性群の黄色い悲鳴が上がる一方、男性陣はその場におのおの、石化して縫いとめられたり膝から崩れ落ちたりと、痛々しいことこのうえない。
「うん。これでボクらの勝利は決定だね」
カップの中の紅茶を飲み干して、観客席に唯一残っていたミハエルは満足げに微笑んだ。その視線の先では、邪魔な観衆を潜り抜け、札の指示通りに烈をお姫さま抱っこでゴールを切ったJの姿がある。ゴールテープの向こう側で烈を下ろし、二人はそろってミハエルを振り仰ぎ、右手の親指をぐっと突き立ててみせた。ミッション・コンプリートの合図である。
「あれ? どうなってるの?」
もしかして終わっちゃった?と響いてきた声は、リョウと共に戻ってきたジョーのものだ。
「すっごい見ものだったのに、見られなくて残念だったね」
お帰り、と返しながら、ミハエルはリョウを見やる。
「リアップの人、見つかった?」
「いや。誰も彼もが使ってないの一点張りだから、あきらめた」
あまりプライバシーに立ち入りすぎるのもよくない。
鷹羽リョウは、良心の人だ。
「あれってレツよね? カワイイ! なにがあったの?」
「んー、いろいろ。とりあえず、赤組の勝ちは確定だよ」
目ざとく女装烈を見つけたジョーの視線の先では、医務のコーナーで手ずから手当てを受けるJの姿がある。事情を知らない人間が見たら、純粋に可愛らしい恋人同士と勘違いしそうな光景だ。
「ファイター! もうおしまいでいいよな? 帰っていいか?」
思うところがあるのか、複雑な表情でトラックで固まっている男性陣を見やるリョウの耳には、白組はサバンナソルジャーズリーダーの明るい声が響く。ファイターは閉会式をどうのこうのと言っていたが、とてもそんなことをやっていられる状況ではない過半数の参加メンバーを見て、鉄心が横合いからかまわんぞー、と頷いた。
「じゃあ、ボクらも引き上げようか」
「そうね」
ミハエルとジョーが頷きあい、医務から戻ってきたJと烈にも声をかける。
「お疲れさま!」
「あ、ジョーさん、お帰り」
「ただいま。レツ、とってもキュートね。あとで写真撮らせてちょうだい」
「かまわないけど、ばらまかないでね」
「そういえば烈くん、着替えなくていいの?」
「いいんだ。さっき、体操着はしみにしちゃったから」
きゃっきゃと笑いあいながら、打ち上げの企画まで立てつつ遠ざかる背中に、はっと我に返ったリョウが声をかける。
「烈! もしかして、全部お前の演技なのか?」
なにがあったかをこの目で見たわけではないが、悔し涙にむせぶ連中を見れば、きっと恋心が大きくダメージを受けるような何かがあったことは容易に察せられる。
「演技? やだなあ」
振り向いた烈は、満面の笑み。つられて足を止めていたJの腕に両腕を絡めながら、きっぱりと言い切ってくれた。
「ちょっとした演出だよ。みんな簡単に騙されるんだから、まだまだだよね!」
首から上だけ振り向いていたJと、ねーっ、と笑いあい、赤組の小悪魔たちはグラウンドを後にする。ああ、こいつらの仕業かと確信する一方、リョウは残された人間が哀れで仕方なくなってくる。
騙すのと騙されるのと、どちらが悪いといえば、騙すほうが悪いのだけれど。
「騙されるのも、どうかと思うが……」
相手が烈なのだから、もっともっと頭を使って、騙されないように気をつけなくてはならない。それができないなら、烈に心を持っていかれてはいけない。
しばらく修羅場の連続だった一日を思いつつグラウンドを見回していたリョウは、足元にじゃれついてきた弟とひょっこりやってきたチームの御曹司と共に、言葉少なく舞台を降りた。