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続きです。
これは BL 要素はないかな。
ちょっと不憫なミラーのお話。
プログラムのトップ項目に記してあった全員参加によるラジオ体操を無事に終了し、運動会は着々と進む。さすがにはじめのうちは無難な種目が多く、玉入れやパン喰い競争など、ほほえましい光景が展開される。
「次は――」
「とびつきつなひき?」
自分たちの出場種目は後半に集中しているからと、頭を寄せ合って仲良く一枚の紙切れを見ていた、赤組のお手伝いさんたち、Jとマルガレータは、顔を見合わせてあいまいに微笑みあった。前者は内容を知るものとして、後者は知らないながらも、なんとなく流血の予感がして。
「ルールと概要はさっき聞いたけど、そんなに危険じゃないだろ?」
マイケル・ミラーによるまっとうな意見は、ことの黒幕、岡田鉄心を他チームよりはるかによく知る日本勢二人組の首振りによって、無言のうちに却下される。ちなみに彼は、そろそろ選手入場門に集合しなくてはならない。飛びつき綱引きにエントリーされているのだ。
「だって、鉄心先生が絡んでるんだよ?」
「なにごともないに越したことはないが、そろそろスペシャルルールとかが飛び出してきてもおかしくない頃合だ」
「スペシャルルール? なんだか素敵な響きね」
にっこりと邪気のない笑顔のマルガレータは、先のパン喰い競争で意外な器用さを発揮し、自分のパンはきっちりキープしつつ周囲の走者のくわえるパンを、その愛くるしいおさげで叩き落して単独首位を独走した戦歴を誇る。無垢の裏に潜むブラックな一面が顔をのぞかせた気がして、お手伝いさん紅一点から、哀れな男子たちはじりじりとあとずさった。
「ほら、ミラーさんはもう行ったほうがいいわ」
ひらひらと手を添えて促され、名指しで助言を受けたミラーはそそくさととの場を後にする。道すがらつかまったのは同じく白組のエッジ。どうやら係の仕事を自分の代わりに手伝うよう要請されたらしく、軽やかなステップで仲間入りした。
『よーし、それじゃあ、次の種目を開始するぞー! 参加選手諸君は、入場門に集まってくれ!!』
元気なファイターがインカムに叫び、ごそごそとなにやら道具をいじっていたらしい鉄心が、基本的に忠実で誠実な最新の弟子、鷹羽リョウに呼びかける。
「ほいほい、お前さんがたは、これを配ってきてくれい」
どっさりと渡されたダンボールは二つ。かろうじて蓋はしてあったが、隙間からのぞくのはヘルメットのようなもの。
「鉄心先生、これは?」
「んー? わしゃやさしいからの。怪我でもさせちゃ大変だと思って、わざわざ用意したんじゃ!」
絶妙なテクニックを駆使して直視するより先に視線をそれらからずらしたJが問えば、老人はえらそうに胸を張ってふんぞり返る。
「怪我?」
ぴくりと反応を示したエッジの肩を、リョウが重々しく叩いて参加チームメイト、マイケル・ミラーの無事を祈るべきだと告げる。出場レーサーの中では最も偏差値の高いチームに属するくせに、理解できないと涙目で訴える赤毛の少年に、あどけない微笑でマルガレータがとどめを刺した。
「あの体格だと、きっとものすごく不利でしょうね」
つぶされたりとか、押しつぶされたりとか、ぺしゃんこにされたりとか。
「待てっ! ミラー、逃げろ! いまならまだ間に合う!!」
入場門に向かって猛ダッシュをかけそうな勢いだったエッジは、いつのまにか背後に回っていたマルガレータの細腕によって口をふさがれ、その場に縫いとめられる。
「さあ、私はこの人を抑えているから、早く行って配っていらっしゃいな」
丸腰で出場して、負傷者が本当に出る前に。
やさしい声に逆らいがたい強さを感じ、リョウとJの二人は、慌てて段ボール箱を手に手に、入場門へと急ぐのだった。
競技の内容とルールを簡単に再度説明されていた出場選手たちは、わたわたと走り寄ってきた本日の下僕たちその一、その二の姿に、背中に嫌な汗が伝うのを感じる。隠そうともしない憐れみを湛えた目で犠牲者たちを見渡し、下僕その一、Jと、その二、リョウは、各チームに自分たちから防具を受け取るようにと呼びかけた。
ご丁寧にも赤と白とで色分けをされたそれらを手に、参加選手たちはルール変更を告げる無駄に元気なファイターの声を聞く。
『えーっと、本来ならば綱の引き合いだけが勝負ポイントなんだけど、今回は参加が男子に限られているので、もう少し原始に帰ってみようと思う!!』
つまり。
『中央の綱を取り合って自陣に持ち帰り、さらに敵陣から綱を奪うのもオッケー! 殴る、蹴る、投げ飛ばすなどの暴行は禁止だけど、荒っぽい手段を使ってもいいよ!! つまり、肉弾戦だ!!』
「ああ、人数調整の意味で男子のみ、って言われていたのかと思ったけど」
そういうわけじゃなかったんだね、とJのため息は小さくも重い。
『制限時間いっぱいまで、思う存分戦ってくれ!! ちなみにー、僕が違反行為だとみなした段階で綱一本分のペナルティーだから、くれぐれも気をつけてくれよ!!』
防具よし、忠告よし。
ファイターは準備と己の事前の仕事がきちんと終了したことを確認して、さわやかにホイッスルを構える。
『よーい、はじめ!!』
「ミラーッ!!」
後方支援部隊で救急箱の隣に座り込むマルガレータにがっちりとホールドされながら、エッジはチームメイトを憂えて叫ぶ。やけなのかやる気満々なのか、出場選手たちは野太いかけ声とともにグラウンドの中央に放置してある綱に向かって、それぞれの陣地から勢いよく飛び出していった。
阿鼻叫喚の地獄絵図の展開から数分後。
甲高いホイッスルを合図に、それは幕を下ろした。
『赤、八本!! 白、十二本!! よって、白の勝ち!!』
ペナルティーはなかったが、名誉の負傷で医務のお世話になる選手は続出した。
敵だろうと味方だろうと、お互いレースがある身だ。走るのに支障のあるような怪我人はいないが、捨て身タックルや綱に巻き込まれて引きずられるなど、残る種目への参加を断念したほうが懸命な選手も少なくない。
「はい、こっちに並んでくださる?消毒するから」
てきぱきと怪我人の傷口にオキシドールを塗りこむマルガレータは、白衣の天使さながらの笑顔で、列を乱して割り込んできた、茫然自失のミラーを抱きしめているエッジを追いやる。
「あー、やっぱり体格だけじゃ勝てなかったね」
「あれ、烈くん?」
ぼそりと落とされた言葉にJが振り向けば、難しい顔で考え込む烈の姿。赤組の参加選手選考基準は、乱闘を予測して体格のいいものを上から順に、だったのだ。一方の白組は、何も考えていない適当極まりない人材決定だったにもかかわらず、豪やニエミネンを中心とした小型組が小回りを利かせ、大型組の脇からちょこまかと綱を運び出すという、らしからぬ頭脳線で見事勝利を収めている。ちなみにミラーは、その作戦に加わるよりも先に敵対する赤組で大活躍を納めていたハマーDに、危ないからと強制的に前線からつまみ出され、ぽいっとされてしまったのだ。傷心の彼が現実に立ち戻るには、いくばくかの時間が必要だ。
「まあいいや。勝負はまだまだ、これからだもんね」
にいと微笑むその笑顔から垣間見えるのは、愛くるしい外見からは想像したくないブラックオーラ。
この後の徒競走で、午前の部は終了だ。騒ぎがあったのは飛びつき綱引きだけという、鉄心の絡んだにしてはおとなしい進行具合である。
「午後は、作戦勝ちを狙っていくよ」
「うん」
無邪気に頷き、気合を入れあう烈とJ。実に可愛らしくほほえましい絵になる光景だが、いかんせん滲み出しているものがよろしくない。
世界中に展開するネズミが支配する夢の王国では、いたいけなお子さまたちが王国の住民の中身を問うと、ネズミの中にはちっちゃいネズミが入っている、とゼロ円スマイルで答えてくれる。
「じゃあ、あの二人の中にはなにが入ってるのー?」
呆然とそんな豆知識を思い出し、いたいけな、とは言いがたいエッジが、視界の端に収めてしまった赤組の影の支配者たちの黒い微笑みに思わず一人呟く。
「小悪魔が入ってるのー」
ひとりボケツッコミを完結させながら、エッジは腕の中の相手を少しだけ羨んだ。
午後に展開されるだろう惨劇を、少なくともミラーは、身をもって体験しなくてすむからだ。