忍者ブログ
文字通りの掃き溜め。覚書とも、下書きとも。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


RPG とかファンタジーとか、そんな感じ。

 渦巻く光と風の向こうに、人影が浮かび上がる。
「――!!」
 掲げた杖を握る指先は、もはや痺れて何の感触も伝えてこない。それでも、形が明確になるにつれて、震えがひどくなっていくのは感じられた。
 使い魔の召喚において、まず大雑把な目安となるのは呼び出した相手の大きさ。巨大であれば良いというわけではないが、力の大きさと器の大きさは、多くの場合において比例している。そして、そのカタチ。
 竜や天馬、不死鳥など、御伽噺の中にさえ語り継がれる幻想種を召喚できれば、それは最高の栄誉となる。しかし、彼らは基本的に顕界に不干渉であり無関心。彼らを呼び出すことが適ったなら、己が才覚を誇るか、あるいは世界の崩壊を予感して嘆くか。愚者ならば前者を、賢者ならば後者を選ぶだろう。彼らは、人の身において使役するにはあまりに大きな対価を必要とする。
 彼らを除いて理想的であるのは、人の殻を纏った幻想種を呼び出すこと。
 あるいはかつて人だったものもあるだろう。あるいはかつて、人を愛したものもあるだろう。憎んだものもあるだろう。いずれにせよ、人の殻をまとうのは人に深く関わり、その絆を強く残している証。不和のない姿を保つのは、人としての、時には人以上の知性を身に宿している証。人の殻を纏うのを許されているのは、より強い力を誇っていることの証。
 徐々に収まる光と風の向こうに佇むのは、レツたちとそう変わらない背格好の人影だった。自分の実力を過小評価していたわけではないが、過大評価もしていなかったレツは、思いもかけないアタリに息を呑む。全力を注ぎ込んだのだから、そこそこ力の強い幻想種を召喚する自信はあった。自身の魔力の方向性から考えて、風か、炎かを纏う幻獣か幻鳥かを呼び出すだろうと思っていた。まさか、人型をとる高位の幻想種を呼び出せるとは、予想外にも程がある。
 だというのに――。
「こんなにいい加減な召喚は、初めて見る」
 光を打ち払い、風を薙ぎ払い、影は頭から被った布の奥から胡乱な瞳をついと持ち上げ、溜め息に言葉を載せる。
「はじめまして。わざわざ亡霊を召喚した、物好きにして不運なる術師よ」
「え……?」
 理解の及ばない名乗りを上げた亡霊の蒼い瞳をぼんやりと見やり、一気に奪われていく魔力に耐え切れずに、レツはその場でかくりと膝を折った。


 幻想種の召喚には、戦闘がつきものである。よって不測の事態は予想の範疇であり、それに対処するために予防線を張っている。身動きが取れなくなるのはさすがに予防線に引っかからなかったが、ゆっくりと踏み出された足が二歩目を刻むよりも先に、レツの視界に立ちふさがる影がある。
「お前は、サーヴァントなのか?」
「それはボクが聞きたいことです」
 陣の中心よりも一歩だけずれた位置で立ち尽くし、影は淡々と応える。ぼろぼろのマントはただくたびれた旅人の姿を連想させたが、その裾から垣間見える機能性を重視した服装と軍靴を見過ごすほど、レツたちは平和に馴染んだ世界に生きていない。多少古めかしい感があるのは、それこそ影がありうべからざる経緯を経てこの場に立っているからだろう。術師でなくても知っている、その伝承が事実であると、影はその存在をもって語る。
 呆れ混じりの声は、苛立ちと疲れとを如実に示していた。腕を組んで立ち止まった影の目前、いまだ立ち上がれない術師を守るように立つのは三つの人影。中でも一番背の高い青年が、再び慎重に口を開く。
「サーヴァントではない、と?」
「サーヴァントにしたいなら、すればいいでしょう。ただし、ボクはただの亡霊ですから、あなた方がサーヴァントに期待するようなことは何もできませんけれど」
「……亡霊ということは、君はもしかして、人の霊魂なんでげすか?」
「はじめから、そう言っているつもりですが?」
 亡霊を召喚した、物好きにして不運なる術師よ、と。
 確かに、なぞりなおされたのは先ほど影が口にした言葉。渦巻く魔力の風に紛れてはいたが、確かにそう耳に届いた言の葉。ゆっくりと噛み締めてから、そこでようやくレツは口を開く。
「なん、で?」
 転がり落ちたのは、純然たる疑問の声だった。


 理解できない。わけがわからない。ただひたすらにそう訴える声に、さすがに思うところでもあったのか。淡白さゆえに剣呑なその視線をゆるりと巡らせ、影は仮初の主に向き直る。
「その疑問は、召喚が失敗した原因を問うている、と捉えれば良いのですか?」
「だって、こんなの聞いたことがない!」
「それはこちらのセリフでもあります」
 掠れた声での独白にも似た言葉に、律儀に返してから影は続ける。
「ゲートは申し分ありませんでしたが、パスの歪みが大きすぎました。ランダムに引っ掛けて強制的に引きずり出した、その対象がボクのような力を持たない存在だっただけのこと。あなた方にとって、幸運なのか不運なのかは知りませんが」
 組んでいた腕をゆったりと解き、影は淡々と言葉を継ぐ。
「ですが、形式は形式です。どうやらボクは、世界から“あなたの使い魔”と認識されている様子。義理は果たしましょう」
 せっかく久方ぶりに顕界を見ることもできましたしね。
 言ってマントに手をかけ、ばさりと布が翻った後に現れたのは、時代がかった軽装に身を包む、レツたちとさほど年齢も変わらないだろう青年。見慣れない色彩を除けば、どこにでもいそうな、ただ顔立ちの妙に整ったという特徴を持つだけの、ごくごく普通の人間。


 唖然と見やる視線には微塵も動じず、影は流麗な所作で右手を心臓にあて、一同を凛と見据える視線は鋭い。
「我は問う」
 そして響いたのは重い誓言。人語を解する幻想種を呼び出した術師が問われるというその問答を、目の前の青年が紡ぎ上げる。
「汝、我の眠りを打ち破り、世界を超えて呼び覚ましし術師よ。我を降し、我が力を振るい、我が存在を繋ぎとめる楔となることを望むや否や」
 虚偽は許されない。それは、世界を異にする互いを齟齬なく存在させるために必要な、理に対する契約。術師としての本能のような部分がその重みを正しく伝える。
 震えだしそうになる全身に力を篭め、重く、口腔に張り付く舌を動かしてレツは応える。
「――望む」
 掠れた声は、しかし過たず相手に届いたのだろう。ぎょっとした表情で振り返る仲間たちを通り越し、見据えた先で影が口の端を吊り上げる。
「ならば示せ、その思いを、欲望を、覚悟を」
 謳うように、高らかに突きつけられた要求にいかに応えるか。形式こそ異なれど、それこそが召喚の術式における最難関であり最重要の試練。ごく一般的な術式においてなら、それは戦闘による力での屈服として行なわれているが、こうして言葉で問われた際の対処法など、教本には載っていない。
 必死に思考を回転させるレツの焦りになどまるで関知した様子もなく、影は胸元にあった右手を宙に突き出し、一振りの剣を呼び起こす。
「我が魂を縛するほどのそれならば、我は汝の剣となり盾となることをここに誓おう」
 装飾の類の一切ない、実に質素で簡素な実用重視の剣。ひゅっと風切音を立てて刀礼を切り、正眼に構えた刃の奥から同じほどの鋭さを湛えた視線が答を要求する。


 逡巡にも満たないその短い時間の中で、脳裏を打算がよぎらなかったといえば嘘になる。サーヴァントの使役は、術師として独り立ちする上で最低限の条件。サーヴァントの質が術者のステータスになると言っても過言ではない。そして、たとえ影をサーヴァントとして従えたところで、それをおおっぴらに言って歩くわけにもいかないだろう。
 何が最善か。何が上策で、何が愚策か。どうするのが最も己の目的を叶えるために適しているのか。
 それらすべてが思考回路を満たし、弾き出された答は自分の勝負強さを信じるというとてつもない賭け。
「僕が望むのは、この国を護る力を手に入れること。そのために君の力が欲しい。僕が護るために必要だと判断した戦いにおいて、僕と共に戦って欲しい」
 高尚な理由など存在しない。そして、それを取り繕う必要性も感じない。
 影は欲望を示せと言った。ならば、欲の深さをまざまざと示し、その業をもって縛り付ける鎖となせばいい。
「護る力?」
「その過程で罪を犯すというのでも、僕は厭わない。だから、圧倒的な、絶対的な力が欲しい」
 言い切り、ひたと見据える双眸に揺らぎはない。朝焼けを映した、炎のような澄んだ双眸は絶望も矛盾も知らず、願いを貫き通す無垢な強さを湛えている。


 沈黙の向こうからじっと伺うようにレツと目を合わせていた影は、ふと息を吐いて切っ先に添えていた左手をひらめかせ、その手の内に鞘を呼び起こす。
「汝の覚悟、受け取った」
 やわらかな声で告げ、微かな音を残して刀は鞘へと収められる。
「これより我が身は汝が許に。この身、この力は、契約の破れるその日まで、汝がために振るわれる盾であり剣であることを誓おう」
 そして、その宣言の終わりにかぶせるようにして、足元に描かれた陣から風が疾る。途端に穏やかになった魔力の流出に目を白黒させるレツは、心地よさげに表情をやわらげている影の言葉を聞く。
「世界がボクを“あなたのサーヴァント”として認め、存在を固定しています。これが、召喚における契約の最も重要な段階なんです」
 翻り、空へと巻き上げられたマントが落ちてくるのを器用に受け止め、影はそれを纏い直してそっと笑む。
「微力ながら、及ぶ限り、力を振るいましょう。あなたの願いは、ボクの願いに重なる部分が大きい。きっと、だからこそこうしてめぐり合うことになったのでしょうね」
 それまでの刺々しい空気を払拭してしまえば、何のことはないごくありふれた笑顔。なるほど彼が人間の霊魂であることをようやく納得し、レツはいたたまれなさに小さく顔をしかめていた。

PR

Comment
Name
Title
Mail
URL
Comment
Pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
[69] [68] [67] [66] [65] [64] [63
«  Back :   HOME   : Next  »
カレンダー
11 2024/12 01
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
[01/28 スピーカー]
最新トラックバック
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ [PR]