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今回も烈総受け風味。
そういうのが苦手な人はご注意くださいね。
そしてべらぼうに長いので頑張ってください。
チームの協調性が薄いといわれるビクトリーズが最も得意とするタイプのレースのひとつに、リレーレースがあげられる。フォーメーションを組まなくていい。小難しい作戦を、カッ飛び小僧に苦労して叩き込む必要もない。マンツーマンで自分の担当区域を走りきり、次の相手にバトンタッチすればいいだけ。スタンドプレーだらけのチームにはまさにうってつけのレースだ。
「でも、これはレースじゃないからね」
「作戦は?」
不敵に微笑んだ総大将に、参謀役のJがまた不敵に微笑み返す。かわいいどころ二人組がにっこり笑っているのだから、きっと傍から見れば微笑ましい光景なのに、背筋があわ立つのはなぜだろう。
『運動会といえばこれだよね! お待ちかねの紅白リレー、参加選手は集まってくれ!!』
声高にいつも元気なファイターに招集され、本部のテント前には続々とメンバーが集まってくる。子供たちばかりか監督衆まで集まっている。
『よーし、じゃあ、説明するよ! 今回のリレーは、スウェーデンリレー方式をとってもらう!!』
「ファイター! ス……、あれ? まあいいや。それナニ?」
『豪くん、ナイス質問だ! スウェーデンリレー方式というのは、はじめの人がトラック四分の一周、次の人が半周、と、徐々に走る長さが増えていくリレーのことだよ!』
「げーっ、それじゃあ、最後に走ると一周?」
『豪くんにしては、よくわかってるじゃないか!!』
「おいっ、それってなんかすっげえムカつく!」
あくまでさわやかなファイターは放っておいては話が進行しないことを危惧した土屋が、いきり立つ豪をなだめて先を促す。
『ああ、そうでしたね。で、博士たちにお集まりいただいたのは、参加していただくからです』
「えっ!?」
招集されていた大人は、土屋、デニス、バタネンの三名だ。紅白共に四名と補欠選手一名を出しているのに、これでは少なすぎやしないかと、土屋は反論を試みる。走らされることに関して真っ向から文句を言ったところで、取り合ってもらえないことは承知していたためだ。ついでに、バタネンはやる気満々で、デニスはすでに悟りを啓いて遠く青空を見つめている。あの青空の向こうには、彼のかわいいチームの子供たちの目指す宇宙がある。その広大さに比べれば、こんな些細な悩みや不満など、吹き飛んでくれるような気がしないでもない。
ちょっと弱気な悟りだ。
『大丈夫ですよ、僕も走りますし、補欠には中国チームの大三元先生と鉄心先生が名乗りをあげてくださっています!!』
「じゃ、じゃあ、実況は誰が――っ!?」
「ボクが代わりに」
悪あがきとは知りつつ叫んだ土屋に答えたのは、ファイターのオリジナルジャージの上着を羽織っているJだった。ファイターからインカムと説明用の用紙を受け取り、ざっと流し詠みながらお立ち台の上を交代する。
『えっと、そういうわけで臨時の代役です。不慣れな実況ですが、どうぞよろしくお願いします』
ぺこりと頭を下げてから、Jはルール説明の続きへとさくさく移った。
『スウェーデンリレーのやり方はわかりましたね?もちろんレースに関係ない人の乱入は基本的に禁止ですが、すぐ脇まで来ての応援、野次、誹謗中傷その他諸々、なんでもオッケーです。並走も、やりたい人はどうぞ。ボクの目に余る行為以外は止めません』
すらすら読み上げて、Jは参加選手を見回す。
『じゃあ、とりあえず走る順番を決めて、申告してください。制限時間は二分。はじめ!』
やけに手馴れた様子だった。
時間きっかりで相談を打ち切らせ、Jは申告された内容をインカムごしに発表する。
『コースはお年寄り優先ということで、こちらの独断と偏見で決めました。不満のある人はあとでファイターにでも言ってください』
けっこう酷い。ファイターが慌ててなにごとか不平を叫んでいたようだが、穏やかな笑顔は崩さないまま、Jはなかなか冷たかった。
『では、第一コースは監督たちスペシャルチーム、スタートはデニス監督で、土屋博士、バタネン監督、ファイター。筋肉痛には気をつけてどうぞ』
まだ若いファイターはともかく、中年の境界線の向こう側にいる三人の参加者に、さりげなく毒を吐く実況の人畜無害そうな美少年。美しい花には棘があるいい例だ。優しそうな笑顔に騙されてはいけない。心身ともにタフなバタネンはともかく、神経がやや繊細にできている土屋とデニスは、こめかみと胃を押さえた。
『次の第二コース、白組、ブレットくん、シュミットくん、エッジくん、ニエミネンくん。なんだかアンバランスな気がしますが、ほどほどに頑張ってください』
ほどほどに、というあたりにやはり含みがありそうだ。だが、出走順の前半二人の関心は、そんな理不尽な誹謗にはない。
『最後は第三コース、赤組、ミハエルくん、ジョーさん、マルガレータさん、烈くん』
それを耳にするや、ブレットとシュミットは、唇の端をゆがめてにたりと笑った。あまり気持ちのいい笑顔ではない。決してファンのみなさんには見せられない一面だ。
『時間がもったいないので、さっさと進めましょうか。スタートと同時に、コースは関係なくなります。思う存分インにでもアウトにでも行ってください。ただし、バトンの受け渡しは順位の早いチームから順にインからアウトへと並んでもらいます』
さらりと流して、Jはスタートラインにメンバーを並ばせ、残りはバトンの受け渡し地点に散ってトラック内で待機するようにと指示を飛ばす。それから、お願いします、と一言のたまった。相手は、スターターの鉄心だ。
『よーい、スタート!』
ぱあんっ、と小気味のいい音が鳴り響き、紅白リレーがスタートした。
まず先頭を切ったのは、ブレットだった。さすがにアストロノート候補生なだけあり、頭だけでなく、体力的にも相当な訓練がうかがえる。だが、遅れることなく残る二名、デニスとミハエルもぴったりとつけている。
「監督、無理をするとまた腰をいためますよ!」
「まだまだ短距離ならいける。あまりバカにするな」
トラックの四分の一周は、意外と短い。一気に勝負をかけて全力疾走で並走しながら、監督とチームのリーダーは軽口を叩き合っている。余裕を示したいと、ただそれだけだったのだが。
「お先にー」
『ああ、やっぱり見栄ははっちゃいけませんね。無駄口を叩いていないミハエルくんが先行。ジョーさんにバトンを渡します』
「クールでパーフェクトに、でしょ?」
ちらりと流し目で後方にウインクを残し、ジョーはさっさと走り出す。実況にばっさりと見栄を張っていると切り捨てられた二人も、僅差で滑り込んでそれぞれ次の走者にバトンを託した。
「馬鹿か、貴様は!」
「いいからさっさと行け!!」
「申し訳ない」
「いえ、いい走りっぷりでしたよ」
ほんのわずかな時間に交わされる会話に、人間性が滲み出る。こめかみをひくつかせながら、母国語で口汚く走り去った相手の背中に毒づくブレットとは反対に、デニスは土屋の背中に応援の言葉を小さくささやく。歩んできた人生の重みの違いだ。
『土屋博士、普段はデスクワークがメインなのに、意外と頑張りますね! 昔取った杵柄はまだ生きているんでしょうか』
「なにかやってたのかな?」
淡白な実況の、中途半端に予備知識を必要とする発言に、ミハエルが小首をかしげる。軍務経験があることは知られていない。むしろ、土屋が普段なにがしかの仕事をしているという印象すら、WGPレーサーには皆無だろう。土屋への印象は、鉄心に振り回されている大人の代表格、ぐらいなものだ。
『でも、やっぱり若さには勝てない。ジョーさんとシュミットくんがじわじわと距離を広げます。ジョーさん、そのまま逃げ切ったら、ボクのコレクションからリョウくんの秘蔵ショット三枚綴りが待ってるよ!』
「寝顔はっ!?」
『もちろん込みで』
カウントダウン省略。パワーブースター、オン。
そんな叫び声が聞こえてきそうだった。
『ジョーさん一気に加速! シュミットくんを振り切って、首位独走だ!』
「実況!! もうちょっと公平に職務を全うしろ!!」
『だってボクは臨時の代役だし』
白組の客席方面から飛んできた、リョウによる当然の野次にけろりと答え、Jは走者の交代をアナウンスする。
『赤組、三人目の走者に入りました。続いて白組、さらに遅れて監督たち』
シュミットからエッジへの受け渡しは、リレーにおけるバトンの受け渡しのセオリー通り、少し両者が走りあってのものだったが、バタネンは違った。
『あっ、バタネン監督、すでにへろへろの土屋博士から無理やりバトンを奪い取りました。で、うわあ。すごいですね、ものすごい脚力。まだまだ若いって感じがします』
ラインぎりぎりから腕をいっぱいに伸ばしてバトンを奪い取り、おそらく土屋やデニスよりは年かさであろうバタネンは、その中で一番若々しい走りをみせる。
「ふははははっ、私を舐めるなあっ!!」
鬼気迫るその勢いに、エッジはあっという間に追い抜かれてしまった。
「うっそ!? 冗談じゃない、オレのが若いんだぜ!」
「若造になんざ負けるか! 人生の重みと苦味を知れ!!」
妙な対抗意識むき出しで、二人は前方を優雅に走るマルガレータに迫る。
「やだわ、おとなげない」
優雅だが、けっこうなスピードだ。追いつかれつつも決して首位は譲らず、マルガレータは形のいい細い眉をしかめた。美少女が不機嫌そうな表情をすると、実に迫力があるし罪悪感にさいなまされる。
「あああっ、ごめんなさい!」
「なにを謝っているの? でも、そうね。素直に己の非を認めるのはいいことだと思うわ」
ついうっかりざんげしてしまったエッジに、マルガレータはごそごそと胸ポケットから紙切れを一枚取り出す。ひらりと投げられたそれをエッジが器用に受け取ってみれば、流麗な漢字が羅列してある。
「あのー、オレ、漢字はさすがに読めないんだけど」
「私も読めないわ。でも、それをJさんのところに持っていくと、なんでも素敵な粗品をプレゼントしてくださるんですって」
「では、それが噂のJくんの秘蔵コレクションズ引き換え券か!?」
まったりゆったり微笑んだマルガレータの台詞に、先に反応を示したのはバタネンだった。寄越せとばかりにエッジに掴みかかるバタネンをひょいとかわし、エッジはしっかりその紙をポケットにねじ込み、ピッチをあげる。
「ありがとう! 超感謝だよ。でも、悪いね。オレこれを奪われるわけにはいかないから、先行くよ」
「ええどうぞ。そんなに差をつけずに行けるもの」
マルガレータをパスしながらちゃっと片手を挙げるエッジに、彼女はふんわりと微笑んだ。可憐な容姿をしていても、マルガレータだって普段あれだけの距離を平気な顔で走りぬけるレーサーの一員。こんな程度の走行は、さして苦にもならないらしい。
『エッジくん、油断は禁物だよ』
「えっ? あーっ!!」
「ふふん、勝った! Jくん、この券の有効期限は!?」
不覚にも感慨にふけっていたエッジは、隙を突いたバタネンに券と首位を奪われた。
『特にありませんけど、近日中でしたら、期間限定で今日の撮影分を提供できます』
「オッケーだっ!!」
高らかに笑う上機嫌のバタネン。券を狙って並走する人間が続出する中、彼らをも振り切り、ぶっちぎりで首位を独走である。
『最終局面に入って、全チーム、アンカーにバトンが渡りました。バタネン監督が稼いでくれた分をあまり活かせていませんが、一応ファイターがトップ。烈くん、ニエミネンくんと続いています』
毒舌実況中継に、ファイターの速度が少しだけ落ちる。元気の盛りである烈とニエミネンにじりじりと距離を詰められているのが、先ほどの毒の意味合いだろう。
トップでファイターにバトンを渡したバタネンは、券をすられないうちにと、さっさとどこかに姿をくらませている。悔しそうな表情で罵り言葉を口にしていたギャラリーは、だが、烈の走るナマの姿のほうがよほど貴重だったのだろう。カメラや携帯を握り締めて並走している。
『パパラッチのみなさんは、動画は厳禁。撮影した写真の無断掲載・転載も禁止ですよー?』
国際色も豊かに、各々の母国語で了解の意を叫び、彼らは必死にシャッターを切る。こういうシチュエーションでもない限り、烈は決しておとなしく写真に撮られたりなどしない。なんとかいい画をとろうと必死の周囲には微塵の関心も寄せず、じわじわと烈はニエミネンとの差を広げ、ファイターに追いついていく。
別にニエミネンが遅いわけではない。だが、どうしても埋めようのないリーチの差、ひいては歩幅の差と、少しでも隙間が開けば、パパラッチたちが烈の背中にも回るため、いいコースをきちんと走れないのだ。
「実況!! これっていいのかよー!?」
『あんまりよくないね。コースへの乱入は禁止だよ! ちゃんと並走だけ。守れないなら、それなりの制裁措置をとるけど?』
ニエミネンの必死の抗議に、実況の鶴の一声があがった。あっという間に正しい並走ルートに戻った取り巻きたちを唖然と見やり、ニエミネンはド派手にその場で転ぶ。
『どうしたの?』
「うっせえっ!! くつひも踏んだだけだっ!!」
大慌てで結びなおして走りはじめたニエミネンを気遣うものは、他にはいなかった。
「くっそー!!」
が、人物が変われば、同じ行動にも周囲の反応は変わる。
「あっ」
小さく声を上げて、ゴールまであと二十メートル弱。もう少しでファイターに並べるところまで来ていた烈が倒れこむ。とたんに、乱入によるペナルティーの危険性など顧みず、並走者たちが次々と手を差し伸べて、その体が地面につくことのないようにと気を配る。
「この差はなんなんだよ!?」
『愛だね』
ニエミネンは理不尽を訴えたが、そこに答えるのは実況のJぐらいなものだ。烈はおかげでかすり傷ひとつ負っていないが、思わぬところであおりを受けた人物が一名。
「うおっ!?」
『あ、ファイターが烈くん救助隊のみなさんに跳ね除けられた模様』
烈の救出のために動き回っていた子供たちによってトラックから叩き出されたのだ。さらに、ファイターが復活するよりも、烈が体勢を立て直して周囲を振り切って走り出すよりも先に、ちゃっかり恩恵にあずかる人物も一名。
「へっへーん。お先に!」
『理不尽な扱いが漁夫の利と転じたみたいですね。ニエミネンくん、トップ奪還。で、ゴール! 続いて烈くん、我に返るのが遅れたファイターは最下位で、いま、ゴールです』
烈の貴重な写真もたくさん獲得し、上機嫌な取り巻きたちがこんどはチームの勝利に酔いしれ、ニエミネンを胴上げしだす。
「ごめんね、みんな」
「いいよ。レツくんはちゃんと一生懸命走ったじゃない!」
「そうね。それに、総合得点ではまだこちらのほうが優勢よ?」
「ええ、気にすることなんかないわ」
参加することに意義があるんですもの、と締めるマルガレータに、うなだれていた烈は元気を取り戻す。監督たちお年寄り組は、大事をとって全員医務でシップを貼られているらしい。
『というわけで、紅白リレーは一位、白組。二位、赤組。三位、監督たちスペシャルチームでした』
騒ぎには微塵の関心も示さず、あくまでマイペースに実況の代役を終えると、インカムを医務に連れ込まれたファイターに渡し、Jはお立ち台を後にした。
やることはたくさんある。
この運動会、誰よりも忙しく働いているのは、彼らお手伝い組の子供たちなのだ。