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ゴールデンウィークが近づいてきて、所員の石川が、粋なものを研究所に持って来た。
「おー、兜か」
「せっかく子供がいるんですから、飾ったらどうかと思いましてね」
大きな袋から取り出されたのは、ガラスケースに入った、妙にキラキラした飾り物。先日、実家に用事があるから、と休暇をとって、それからあけて初の出勤に、彼のお土産はJにとって実に不可解なものだった。
やけに懐かしそうな空気をふりまく土屋と、通りがかり、目にしては変に納得している周囲はとりあえず置いておいて、Jはお土産の饅頭に合わせて緑茶を淹れてみる。
「お、ありがとう、Jくん」
「いえ」
室内の人間に配り終え、最後に湯飲みを持って土屋と石川に近づけば、いち早く気づいた石川がにこりと破顔する。礼の言葉に軽く目礼を送ると、しげしげと眺めやっている土屋が視線を流し、Jに件のケースを示した。
「リビングにでも飾っておこうか?それとも、部屋に持って行くかい?」
「……それは、なんですか?」
土屋宛に持って来られたお土産かと思っていたものを自室に持って行くかと問われても、Jは困るだけである。まずは根本的な疑問の解決を図るべく問い返せば、土屋は石川と目を見合わせ、驚いている。
「五月人形だよ。こどもの日に、男の子がいる家は、その子の成長を祈って飾るんだ」
「外で、こいのぼりを見るだろう?あれと同類だと思ってくれればいいよ」
そういえば、こいのぼりでも買えばよかったと、土屋は一人でしきりに悔しがっている。
「ひな祭りみたいなものですか?」
「そうそう。それの男の子版」
ようやく得心がいき、ふうんと頷いてからJはガラスケースの中身へと視線を移す。
小ぢんまりとしているが、そこには細かな細工の見事な、鎧兜と長剣、それから弓矢が鎮座している。
「綺麗ですね」
「健やかに、立派に育つように、と願って作られるものだからね」
「でも、ご実家に置いておかなくていいんですか?」
「私はもう大人だし、ウチは女の子しかいないからね。君にどうかと思ってもってきたんだ」
「ボクに、ですか?」
「他に誰がいるんだい?」
どこを見ても、強いて言うならとうの立った子供しかいないだろう、と石川がおどければ、室内の『男の子』たちから苦笑と文句が上がる。
「博士だけじゃなくて、私たちも、君が健康に育ってくれることを祈っているんだよ」
だから、遠慮せずに受け取るようにと申し渡され、Jは目を瞬かせる。
向けられる視線に部屋を見渡せば、誰もがにこにこと楽しそうに微笑み、じっとそのやりとりを眺めている。悔悟の渦から戻ってきたらしい土屋にも穏やかに頷かれ、Jは視線を床に落とした後、最上級の笑顔を石川に送る。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
ぺこりと頭を下げて告げれば、軽い会釈が返ってくる。
「で、どこに飾ろうか?」
君の部屋でもリビングでも、どこでもいいよと微笑まれ、Jはしばしの黙考の後、うかがうように上目で土屋を見やる。
「じゃあ、ミーティングルームの棚の上は、ダメですか?」
ミーティングルームは、研究員たちが一息つくのを主目的として使われている。土屋を始め、面々が懐かしそうに目を細めるなら、もっとその懐古を広げてみたいと、Jは思う。
「うん、じゃあそうしようか」
まずは棚の上を拭かないとね、と笑う土屋は、ケースを抱えて楽しそうに歩き出す。そのぐらいは自分がやるからと、慌てて湯飲みを乗せてきたお盆を小脇に、土屋の脇をすり抜けて駆けて行く小さな背中に、書斎の中はくすぐったい笑みで満たされる。
「連休入る前に、一回こどもの日パーティーでもしようか」
「ああ、いいですね」
少し待っているようにと言い置いた子供に応えるため、足を止めた入り口から振り返り、土屋が提案すれば所員たちは賛同の声をあげ、更に企画を練り始める。
大きく育て。すくすくと、健やかに。
願いを映すものなら、いくらでも示してみせよう。思いを言葉に、表情に、行動に。
腕の中のケースを視界の隅に、土屋は来年こそこいのぼりをと、密かに野望を募らせる。
***
こどもの日記念小説。
ほのぼの研究所の日常を。
私としては、研究所の皆さんは、家族のように仲良しだといいな、と思うのです。