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ファンタジーものって、一度はやりたい(一度といわず、何度だってやりたいんですけどね!)ネタだと思っています(真顔)。
苦手な方はスルーでお願いします。
必死になっていくつもの策を頭の中で巡らせていたレツは、考え込むような声で呼びかけられ、わずかに視線を背後に流す。
「どの程度数を削げれば、残りはいける?」
目前の魔物から視線を逸らそうとせず、Jはもう一度、同じ言葉を紡ぐ。言われたことをようやく理解し、レツは目を丸くしながら首を巡らせていた。
「数、削げるの?」
「希望に添えるかはわからないけど」
「半分。いけるか?」
自信をもってというわけではなかったが、肯定の返事に、リョウが短く応じる。
「キツイ。でも、なるべくやってみるから、後をお願いしていいかな」
「数さえ減れば、こんな程度のレベルの魔物、このゴウ様の敵じゃないぜ!」
「ああ、数さえ減れば、な」
うん、と小さく頷き、Jは背筋を伸ばし、右手に持っていた杖を両手で体の前面に水平に捧げ持つ。
『まさか、あれをやる気か?』
「他に方法がないよ」
なにか心当たりがあるのか、イーファが慌てたような声をあげるが、Jは聞く耳を持とうともしない。低く断じると、目を閉ざして浪々と詠唱をはじめる。
「天がありては地がありて、光ありては闇があり。世に満ちる理、二律背反の在りし姿。すべてを配し、配されし光の眷属たる精霊よ。理から外れ、理を支える闇の眷属たる妖魔よ。我が声を聞き、我との契約に応えよ――」
「あ、あれってもしかして!?」
「もしかしなくても、召喚術だろう」
「うん。僕もはじめて見るよ」
ざわりとJの周りの空気が震え、レツは息を詰める。
レツの扱う術式とは系統の違うものであるため、その力を細かに把握することはできないが、肌の表面がざわめくのを感じる。この世のものとは違う風が、Jの周りを取り巻いていることはわかる。術士の存在自体が非常に稀な中、召喚術などという術士のみが使う、しかもかなり高位の術を目にしたことはなかったのだ。文献でしか目にしたことのなかった現象が、まさにレツの目と鼻の先で、展開されようとしている。
「穢れし魂の持ち主、我が行く手を阻みし哀れなる迷いし命たちを、その力をもって融けることなき氷晶のうちへと導きたまえ。終わることなき眠りを、汝が凍てる息吹をもって与えたまえ」
自分たちに不利な力が流れていると感じたのか、次々と襲いかかり始めた魔物を叩き落しながらも、三人はJから目が離せない。言葉の流れに合わせてゆっくりと地面に下ろされた杖の切っ先を中心に、光の魔方陣が広がる。そこから吹き上げる光の粒子を纏った風に服の裾を巻き上げられながら、Jは閉じていた目を見開きながら杖を上空に掲げると、詠唱の最後のくだりを一気に読み上げた。
「――我が名をもって、我が魂をもって、我は汝の力を願う。出でよ、氷の眷属、グレイシャル!」
次の瞬間、広場といわず目につく限りの地面は青白い氷に覆われ、Jのすぐ背後の上空に、氷よりもなお深い青灰の髪を長くたらす、異様な風体の女が現れる。すっと開かれた瞳の色は白銀。体に纏いつくのは薄い、水で染め上げたかのような色の長く揺れる布地。
その姿に思わず目を奪われていたレツたちにはまるで気づいた風もなく、やはり青白い肌に覆われた、ほっそりとした両腕がJの首元に絡みつく。冴え冴えとした美貌に仄かな微笑が刻まれ、その両腕はすっと、Jの腕を伝って共に杖を握る。
「シーリング・フロスト」
Jの声ともうひとつ、少し低めの女の声が、ひとつの言葉を紡ぐ。それだけで十分だった。
地面を覆いつくしていた氷が隆起し、足止めを喰らっていた魔物たちを次々と飲み込んでいく。そして、女が右手を伸ばしてひとつ指を打ち鳴らすと、それらが一気に砕け散ったのだ。中に飲み込んだ魔物もろとも砕け散った微小な氷の欠片は、月明かりにきらめき、空中で霧散していく。それを静かに見やって嫣然と微笑んでいた女は、ゆったりと腕をJから外し、音もなく魔方陣と共に消え去った。
『気を抜くな!』
ただ口をぽかんと開けてすべての成り行きを見守っていたゴウは、鼓膜を打った鋭い声に慌てて意識を戻し、足元を解放されて動きはじめた魔物たちに剣の切っ先を向ける。
「Jくん!?」
『案ずる暇があれば、さっさと片付けろ!』
だいぶ数を減らしたとはいえ、まだ少数とはいいがたい。それでも、あおりを喰って多少はダメージがいっているらしく、先ほどに比べればよほど楽になった戦闘をこなしていたゴウは、響いてきたレツの声に視線を流した。そこには、ぐったりとうずくまって大きく肩で息をしている金の髪がある。
「なっ!?」
『しばらくは動けん。後を任せると、そう言ったろう』
抵抗のできない獲物を狙って襲い来る魔物たちを次々に振り切りながら、イーファは低く唸る。
『信頼を裏切ってみろ。我が貴様らを屠ってくれる』
冗談などはひとひらも感じられない殺気の篭った声に、ゴウは慌てて剣の柄を握りなおした。
数さえ減れば、という宣言を裏切ることなく、ゴウとリョウの剣技を基本に、魔物たちはあっという間に一掃された。街から逃げ出そうとする魔物までは深追いすることなく、ある程度蹴散らしてもとの広場に戻ってきたゴウは、多少青ざめながらも、自力で立ち上がるJを視界に収め、ホッと息をつく。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
既にリョウは戻ってきており、黙々と魔物の屍を集めている。問いかけに微笑みを返してくれたJもまた、それを手伝おうというのか、足を踏み出した。
「本当に平気?無理はしないほうがいいよ」
「大丈夫。それより、早くコアを取り出さないと、消えちゃうよ」
「それはそうだけど」
「ボクなら、大丈夫だから」
心配そうに寄り添うレツに、一旦足を止めてからにこりと笑いかけ、Jは手近にあった魔物の体に手をかける。そして、なんの感慨も見せずにその心臓付近に手を無造作に突っ込んだ。
「こんなに立派な獣だったのに」
血にまみれた手を引き抜けば、そこには淡く光を発する深紅の輝石があった。手の中でゆっくりと明滅を繰り返している輝石に薄く瞳を眇め、Jは小さく呟く。
『仕方あるまい。魂が囚われれば、そこから逃れることは叶わぬ。闇に堕ちた段階で、これは命を捨てたのだ』
「わかっているよ。でも、哀しいことだと思ってね」
隣に立つイーファにきっぱりと断じられても、Jはまだ釈然としない様子だった。ひとつ頭を振ることで引きずられそうになる思いを断ち切り、取り出したコアをイーファに差し出す。それを獣が一口で飲み下したことを確認すると、腰を伸ばし、コアを取り出した屍を焼き払いながら、別の魔物の体を、リョウたちが集めている方へと運び出す。
「あ、ひとつで足りる?」
『十分だ』
「そう」
ある程度屍の山を作り上げると、今度はレツの出番だ。まとめてコアを取り出し、含まれた憎しみや恨みといった穢れをはらう。そして一番純粋な状態に戻ったそれを、封珠に詰め込んでしまうのだ。
手早く作業を繰り返しているレツに、Jは素直に感心の吐息を漏らす。
「スゴイね」
「兄貴の精製したコアは、高く売れるんだぜ。すっげーキレイだって」
「レツは腕がいいからな」
山を作り終え、同じくレツの見学に回ったゴウとリョウが、Jの言葉に補足を加える。次々に精製される封珠は、一様に深紅の光を宿し、レツの周りを漂っている。
一通りレツがコアを取り出すのを待ち、Jは隣に立つ二人に、どちらにともなく声をかけた。
「いつも、このあとどうするの?」
「人里じゃなければアイテムを確認して放置が基本だが、そうじゃないときはたいてい焼き払うな」
「そっか」
答えてくれたリョウに頷き返すと、Jは額の汗を拭うレツへと視線を転じる。
「レツくん。もしもうよければ、焼かないで、ボクにちょっと任せてもらいたいんだけど」
「なんかあんのか?」
「このまま焼いただけだと、残った魂がこの地に染み込んじゃいかねないからね」
不思議そうに首をかしげたゴウに、Jはやんわりと笑いかけた。やはり不可解そうな表情をしていたレツも、彼らの方に下がってくる。
「なにをするの?」
「彼らは狩られた子供たちの魂を追いかけてここに来たんだ。だから、その子たちの魂と一緒に、みんな送ってあげようと思って」
「魂を送る?どこに?」
「異界に。彼らは転生の輪に戻るには穢れすぎているけど、せめて子供たちの転生の瞬間まで、一緒にいられるように」
まだ納得しかねている様子のレツにちらりと苦笑を浮かべてみせ、Jは視線を巡らせた。騒ぎが収まったことを察しているのか、家々から待ちの住人が顔をのぞかせはじめている。イーファに軽く小突かれ、Jは小さく頷き返す。あまり、衆目のあるところで行ないたいことではない。更なる疑問を紡ぎかけたレツを振り切る形で、Jは数歩、屍の山へと歩み寄る。
なにをするつもりかと固唾を飲んで見守るレツたちの前で、Jはただ、膝を追って山の中の屍にそっと触れただけだった。小さく頭を垂れ、口の中でなにか詠唱を唱えたようだが、それは聞こえない。しかし次の瞬間には魔物たちの体から淡い白銀の光が立ち上り、Jの体に吸い込まれるようにして消えていった。
すうっと背中が上下に動き、Jが深く呼吸をしたことが伺われる。そして立ち上がると、Jはきょろきょろと何かを探すように首を巡らせはじめた。
「あの、Jくん?」
「あ、もう大丈夫。ありがとう」
そっと近づいて疑問を呈しながらレツが呼びかければ、Jはにこりと笑い返してくれる。そして、待たせたから自分が責任をもって片付けよう、と、杖を掲げて命じた。
「精霊の焔、罪を削ぎて焼き払い、それは再生の息吹となりし光」
言葉と共に炎が上がり、魔物たちの屍が包み込まれる。天に向かって走り抜けた炎は、そのまま空中で収束すると、消し炭すら残さずに姿をかき消した。
「じゃあ、ボクはまだやることがあるから」
「僕らにはなにか、手伝えることはない?」
光の残滓を追うように視線を持ち上げていたJが小首を傾げながら告げる言葉に、レツは短く問い返す。だが、それに対するJの返答よりも先に、広場にはひとつの声が響いていた。
***
前は詠唱呪文を英訳してたんですけど、日本語に戻しました。
次でおしまい。