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映像にノイズが走るが、その音は聞こえない。何の音もない、ただ、古びたフィルムを回し続けてできたような光景だった。
座り心地が決して良いとはいえないクッションに腰を下ろし、Jは一人でスクリーンを見つめている。
観客は一人きり。フィルムを回しているのもまた自分自身であり、その他の人物はこの空間には存在しない。
すべてが鮮明に把握できる、不可思議な状態だった。
夢を見ているのだ。そう、漠然と悟った。
スクリーンに映る光景の視点は低い。限りなく地面に近いところから、常に上空を見上げている。差し伸べられるやけに大きな手のひらの向こうは、逆光になっていて見えない。
誰だろうか、と思うよりも、あの人だろう、と思った。
ごつごつした手はあの人で、細くてやわらかい手はあの人。しわだらけの手はあの人かあの人で、見分けるポイントは大きさと差し伸べるときの勢い。それはすべて、自然と刻まれた記憶であり、失われるのはもっとずっと先のことだと思っていた。
性能の悪いカメラで映したような、やけに雑な映像。色はなく音もなく、いったいどの場面を切り取って眺めているのかもわからない。静寂を保って光を揺らめかせるスクリーンをぼんやりと眺めながら、Jは思う。こんな座席からさっさと立ち上がって出口に辿り着くか、もしくは映写室まで行って、フィルムを回している自分を殴り飛ばしたい。使えば使うほど、フィルムは傷むのだ。この馬鹿げた無声映画の上映が重ねられるほどに、貴重な記憶が薄れていったらどうしてくれるのか。
八つ当たりにすらならない理不尽な殺気にすりかえられた、それは底抜けの恐怖だった。
逃れたいと思って身じろげば、座席はいつの間にか材質が変わり、ずぶずぶと体を飲み込むあり地獄と化していた。己を中心として放射状に広がる砂のすり鉢は、スクリーンにも手を伸ばす。無秩序に流れ続ける映像が、端から微細な粒子となって零れ落ちる。
体が動かなくなる恐怖よりも、スクリーンが崩れ落ちることへの恐怖の方が大きかった。許される限り目を見開き、気づけば無音の空間に悲鳴が木霊している。幾重にもエコーがかかって戻ってくるその悲鳴は、己の声と、聞き覚えのない声との多重唱。
覚めない悪夢はいつまでも。
やさしい夢の続きは見られないのに。
あたたかい夢の続きは見られないのに。
残酷な夢は、いつでも続きを突きつける。
悲しい夢は、いつまでも渦巻き続ける。