忍者ブログ
文字通りの掃き溜め。覚書とも、下書きとも。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 街中で知った顔を見つけるのは、例えば互いに近所に住んでいる場合はさほど珍しくもないことであるはずだ。だが、実際に日常を振り返ればそれが存外稀な事象であることをなんとなく再認識し、烈は偶然という言葉に瞬きをひとつ送る。
 登下校の時間帯とか、そういう特殊な条件は一切付加されていない。なんでもない休日の、なんでもない昼下がり。家族で買い物に出た先、昼食を食べ終えてレストランフロアからエスカレーターで下る際に視界の隅をちらついた金色に、烈は小さく「あれ?」と呟いて手すりに体重をかけた。
 危険なこととは知っているし、あまり派手なことをして自分の身を危険に曝すつもりはない。心持ち身を乗り出して目を凝らせば、やはりあの稀有な色彩は良く知る友人のものだろう。たしなめる色の強い母の呼び声に生返事を返し、それから烈は寄り道の許可を請う。


 文具と雑貨が入り乱れた陳列棚をすり抜けて進む。休日ということも手伝って多くの客でごった返す店内は見通しも悪く通り抜けづらい。それでも、黒とか焦げ茶とか、同系色が大半を占める中で、見つけた金色は良く映えた。同じものを見つけたらしい弟と一緒に小走りに進み、顔が見えたところで烈は声を上げる。
「Jくん!」
「よっ、J!」
「烈くん、豪くん?」
 ざわめきに掻き消されるかと思った声は、しかし、きちんと相手に届いたらしい。弾かれたように振り返り、Jは大きな瞳を一層見開いて驚愕に染まった声を返してきた。
「こんにちは。買い物?」
「こんにちは、烈くん。そうだよ。二人も?」
「おお。父ちゃんと母ちゃんと、レストランでオムライス食ってきたんだ」
「そっか」
 ぺこりと会釈を交し合った年長二人の横から豪が言葉を挟めば、Jは双眸を眇めてふわりと微笑む。そして、遅れて追いついてきた星馬夫妻に折り目正しく頭を下げ、「こんにちは」と挨拶を送る。


「お使いかい?」
 礼儀正しい子供に掛け値なしの笑みを返し、二人の母は穏やかに問いかけた。そういえば、Jの周囲に見慣れた優しい笑みがない。自立心を尊重する一方で過保護な一面もみせる保護者だから、治安がいいといえない昨今、時間があるならきっと一緒に出かけたがるだろうに。ふと湧いた疑問に烈が小首を傾げていれば、Jは表情をはにかみ顔へと変えながらゆるゆると首を振る。
「今日は、学校の行事のための下見なんです」
 クリスマスにチャリティーバザーをするから、その材料と予算編成のための。言って振り向いたJが手で示す先には、髪も瞳も肌の色も様々な幾人かの子供たちが興味津々といった様子で遣り取りを眺めている。
「ごめんね。もしかして、邪魔しちゃったかな?」
「そんなことないよ」
 横合いから口を挟んだ烈にやわらかく苦笑を返し、でもそろそろ、とJは別れの挨拶を切り出す。


 小さく手を振って友人らの元に戻ったJは、ちらちらと視線を送る彼らに耳慣れない言葉で何ごとかを告げている。
「すっげー、エイゴ喋ってるのか?」
「国際色豊かなお友だちだね」
 感心しきりで不躾に見やる豪を促し、良江はひどく懐の深い感想を残して踵を返す。それに従って方向を転換しながらも、烈の意識もまた背後で交わされる異国語による会話に傾けられている。
 耳に届く声は無邪気に弾んでいて、日頃の落ち着き払った印象と少しばかり違うものだった。自分たちと一緒にいるときのJが無理をしているとは決して思わないが、もしかして、あちらの友人たちの方が好きなのかなと、烈はほんの少しだけ心に陰が生じるのを感じる。


 元々の目的地だったのか、声は場所をさほど移動せずに何か話し合っているようだった。エスカレーターに乗り、仕切りのガラス越しにちらりと見やれば、やはり黒や焦げ茶が中心の髪色の中で彼らはひどく目立つ。
 と、動きはじめた視点の先で、中でも鮮やかな金の髪が気まぐれのように振り返る。ぴたりと視線が絡まりあい、照れたように相好を崩したのはほぼ同時か。小さく手を振りながら口の動きで「またね」と告げられ、烈も手を振り返しながらこくりと頷く。
 フロアの床が迫ってきてあっという間に友人の姿は視界から消えてしまったが、からかう色の強い声が集団になって響いてくる。言葉はわからずとも、そういった声が何を伝えるものかはよく知っている。照れている相手をからかって冷やかす類の、お互いの肯定を前提としたじゃれあいだ。
 だとすればきっと、Jは自分のことを彼らに前向きに説明してくれたのではないかと烈は照れくさいようなむずがゆいような、不思議な気分になる。
 次に会ったら今日のことを聞いてみよう。それから、機会があったら彼らと友だちになれると嬉しい。浮上した気持ちにふわりと口元を綻ばせ、烈はステップからフロアへと軽やかに飛び移った。

Fin.


*****

サイトの更新するにはいじりかけのページがあまりにも酷いから、こちらにアップ。
久々にレツゴのお話を書いたけど、やっぱり彼らは愛しくて仕方がないと再認識しました。

PR

 裏庭を望む窓辺に鈴なりになって、縁から顔をのぞかせる白衣が三つ。その中身が子供ならば可愛げもあろうが、揃いも揃って野郎が三人では可愛げもへったくれもあったものではない。
「………何をしているんだい?」
 見ないふりをして通り過ぎることもできたが、気づいてしまった以上は気にかかるし、気にかかったからには答を知りたい。たとえその答が、どれほどくだらないものである可能性を孕んでいたとしても、だ。
「あ、博士!」
「しーっ、しーっ!!」
「こっち来てください! 見つかっちゃうじゃないですか!」
 声をかけながら覗き込んでいるだろう方向に顔を向ければ、ぐいぐいと二本の手にばらばらに引っ張られた。方向が同じとはいえ、別方向に引っ張られれば痛い。いい加減いい年で、ただでさえ硬い体が、昔より更に硬くなっている。こんなところでもし変な転び方でもして、ぎっくり腰になったらどうしてくれるというのか。
「何なんだい、いったい?」
「あれ、見てくださいよ」
 しかし、言ったところで無駄である。言えば「じゃあ鍛えてください」とか「お酢を飲みましょう」とか言われるのが落ちだ。ないがしろにされているというよりも、信じてもらえないという方向で。
 こういうとき、昔取った杵柄は邪魔で仕方がない。かつてアメリカ空軍の外国人部隊でパイロットをやっていました、なんていう滅茶苦茶な経歴、我ながら信じられないのだが、それをいったん知ってしまった何も知らない無垢な一般人は、この身を鍛え抜かれたスーパーボディと勘違いするらしいのだ。
 閑話休題。それはまあ、別の話。
 言われて今度はそっと、視線だけで示された方角を見やれば、手入れの行き届いた裏庭に、じっとうずくまる金の髪。
「…………何をしているんだい?」
 なんだか意外な人物の意外な表情と意外な行動を目の当たりにしてしまい、土屋は己の目を疑う。夢でも見ているのだろうか。
「弱点克服ですよ」
 だというのに、思わず漏らした声には、今度はまっとうな返答があった。
「猫と仲良くなりたいんだそうです」
「で、そのためにはまず自分から歩み寄る必要がある、と」
「まじめですよねー」
 少年のお気に入りのベンチ。陽だまりの中に堂々と丸まっている余所者の野良猫。見覚えのあるぶち猫は、ふてぶてしく警戒心の強い、近隣の野良猫の中でもあくの強い難敵である。その脇でしゃがみこみ、神妙な表情でそろそろと手を伸ばす本来の主。おちゃめな小学校教諭に付き合った結果、猫を苦手視するようになってしまった悲運の少年。
 手を伸ばしては引っ込めて、を繰り返し、ようやくやわらかそうな毛並みに触れることができるかと思ったその瞬間、猫はするりと身を翻して逃げだしてしまう。
「あー」
 がっくりと肩を落とす三つの白衣と、がっくりとうなだれる金色の頭。
 なんだかとても微笑ましかったので、機を見計らって、弱点克服のためのターゲット選定に失敗しているということを、子供にさりげなく教えてあげようと心に刻んだ土屋であった。

fin.

 渡したはずのものが戻ってくるとか、贈ったはずのもののお裾分けにあずかるとか、そういうのはとても困ると、しみじみ彼は思う。
 で、少し違うとはいえ、誰かのために贈られたもののお裾分けに意味もなくあずかるとか、それを託されるとか、そういうのもとても困るのだ。繰り返すが、とても、本当に、ものすごく困るのだ。
「いやぁ、だってさ。僕が持っていても枯らしちゃうだけじゃないか」
「そうそう。大体、適材適所、という言葉があるだろう?」
「向き不向きに年齢は関係ないからね。ようは経験と相性、すなわち天賦の才ってやつだよ」
「ああ、いいこと言いますね。まさにそれですよ、天賦の才」
「そういうこと。だから、君が気にすることはないんだよ」
 まったくもって見事なチームワークを発揮して、ね、と異口同音に念押しされる。
 相手が念押しであると言い張るため「念押し」という表記を用いることへの反論は諦めたが、内実は「ごり押し」だとか「ダメ押し」だとか、そんな感じである。
「大体、博士だって気にしないよ」
「というよりもむしろ、博士に渡す分も、同じ運命を辿ると思うね」
「賛成票を追加一票で」
「こちらからは組織票を入れましょう」
「というよりも、どうしていまさら気にするのか、っていう方が気になるよ。毎年のことじゃないか。今年は何かあったのかい?」
「………いえ、別に特に何かがあった、というわけではないんです」
 というか、現在進行形でこうして用意した花束が一箇所に終結している段階で、何かあったとみなして欲しい。まあ、言われてみればたしかに毎年のことなので、これはおいておくとして。
 ただちょっと、学校でも、せっかく担任の先生にみんなで花束を贈ったのに、枯らしてしまっては申し訳ないから、と、そのまま渡し返されたそれを持ち帰って活け終わって、ちょっとだけ複雑な気分に浸っていたところに追い討ちをかけられた、というだけで。
「どうして花束は贈り物の定番なのに、受け取った本人の手元になかなか残らないんでしょう?」
「それは、アレだよ。ハードルの高さの問題だ」
「そうですか?」
「そうだよ」
 要するに、花束は処理に困るから贈り物としては不適当という結論に至るべきなのか。そうか。
 ならば、来年からは年度末の労いに用意していた花束は却下。何としても適度なハードルの贈り物を見繕わねばなるまい。
 別のものでそれなりに見栄えがして贈り物に相応しくてお値段もお手ごろな何かなど、まるで見当もつかない。花束をランク外にしただけで、難易度が劇的な上昇を見せる。
「ああ、なるほど」
 たしかに、ハードルの高さの問題だった。

fin.

 小さな呟きが鼓膜を打って、土屋は足を止めながら首を捻った。
「どうかしたかい?」
「あ、いえ」
 歩きながらちらちらと伺っている以上は前方になどほとんど注意を払っていない様子だった子供は、しかし、背中にぶつかる半歩手前で立ち止まる。そして、そのまま背後へ一歩。おかげで二人の間の距離は、立ち止まる前よりも半歩余計に開いてしまった。
「何かいたのかい?」
 開いた距離が淋しくはあったが、いかんせん子供は可愛らしさがわかりにくい上、素直さに欠ける。悪意は倍加、皮肉は正しく、好意は裏返しで受け取るのだ。無意識だろうその動きに下手なことも言えず、土屋は最初の疑問を優先した。
 ぐるりと見渡しても、目に映るのは若葉と蕾と気の早い花弁のみ。子供の気を引いた存在がわからなくて、悔しくて、いっそとりまく世界に嫉妬する。お前たちなんかより、自分の方が子供を愛しているのに。
「いいえ、なんでも」
「そうかい?」
 呼吸をふたつ逃して、子供は静かに首を横に振った。いまだに遠い距離がもどかしくて淋しかったが、土屋もまた、溜め息をふたつ飲み込んで首を縦に振ると、行こうかと呟いて再び歩きはじめた。
 視点を進行方向に戻す前の刹那。網膜に焼き付いた薄紅の花びらの向こうで子供の唇がゆうるりと弧を描くのが見える。
 できることなら、弓形にしなる両の瞳も見たかったと。土屋は、子供の笑みを誘った花弁に嫉妬しながら、二人の距離を縮めるべく、気付かれないように歩調を緩めた。

fin.

 トランスポーターを止めるやいなやで駆け下りてくるちびっ子三人組がいない。
 それを叱り飛ばすチームリーダーの怒号が聞こえない。
 やんわりと慰める穏やかな声が聞こえない。
 低く静かにたしなめる声が聞こえない。

「みんな? 着いたよ……?」
「おやおや、これはこれは」
 ふたりで顔を見合わせながらのぞいた車内には、ソファーで肩を寄せ合って、ぐっすりと熟睡中の六つの寝顔。
「よほどお疲れだったのでございますね」
「そうですね。しかし、うーん」
 起こすのは忍びないし、このまま寝かせておいて、風邪など引いてもらってもかわいそうだし。

「手分けして、お部屋にお連れいたしましょうか」
「そうですね」
 ふたりで顔を見合わせて、相好を崩す。どの寝顔もみんな、本当にかわいらしくて。


[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8
«  Back :   HOME   : Next  »
カレンダー
11 2024/12 01
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
[01/28 スピーカー]
最新トラックバック
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ [PR]